労働市場はいつの時代も難しい。
日本の就活市場は滅茶苦茶だ~って叫んでる人が多いけれども、ほんとにそうなんだろうか?いずれにしても、労働市場には情報の非対称性という深刻な問題が存在する。また、サーチコストの存在も当然労働市場の問題を難しくしている。(参考過去記事→若者の失業問題は日本だけじゃない
)
この前、ぼーっと考え事をしていたら、秦の話を思い出した。
秦では推薦した人材が罪を犯した場合は推薦した人物も同罪になるという法律が合ったらしい。
今、考えればなんと野蛮な、なんと過酷なと思われるような法律である。
しかし、なぜこんな法律があったのだろうか?仮説を立ててみたい。
①労働市場の問題
最初に述べたように労働市場には常に情報の非対称性が存在する。現代のように情報が容易に取れる時代でもそういった問題は常に存在する。面接に来た人物が本当に優秀かどうか経歴に偽りがないかどうかを見極めるのは容易ではないだろう。
この問題に対処するためにイギリスではいまだに就職するためには推薦状が必要だという。また、おそらく世界中どこでも(そして日本でも)金融のような狭い業界や経営者など相手の評価や評判が見極めやすい業界のほうが人材の流動性は高い。
この時代のことを考えるとどうだろうか?この情報の非対称性の問題は非常に深刻だったはずだ。
学歴なる指標もなければ、前職に関しての自己申告が本当かうそかを見極めるすべもほとんどない。今よりも当然ながら縁故主義は横行していただろうから、ただ単に友人が失業してかわいそうだったのでどうしようもないやつだが推薦するというような行為はたくさんあったたのではないだろうか?当然、クビになったようなやつにはなんか問題があるとの疑いの念が持たれるのは今以上だろう。もちろん、スパイもたくさんいただろうし。
そう考えると、変な人物を推薦され、採用してしまわないようにそのような厳しい法律があったことは容易に理解できる。
もちろん、このことはより少ない人材しか推薦されないというコストを生むが、それを上回る上記のようなメリットがあったのだろう。実際、秦には優秀な人物が集まり中国を統一することになるわけだ。
②就職後の監視の問題
また、推薦した人物が変な行動を取らないか(裏切りとか横領?)監視するという意味合いもあったのではないだろうか?
そう考えるとこの仕組みは一石二鳥であるように思われる。
もちろん、現代的感覚から言えば、やりすぎのようにも思われるが、こういった制度は合理的だったのではないだろうか?(秦以外の国でも採用していたのだろうか?)
いつの時代も労働市場の問題に対応するために多くの人が知恵を絞っていたんだなあとよくわかる事例だと思う。
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