http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20101217-00000128-san-bus_all
給与控除50万人負担増 暮らしこう変わる
いまさらのニュースだが民主党は明白な金持ち増税を打ち出した。いや、大金持ち増税ならまだ救いようもあるかもしれないが、相続税の課税ベースの拡大などは明らかにいわゆる金持ちではなくて中の上から上の下という小金持ちやちょっとした資産家を狙い撃ちした増税といえるだろう。そういう意味では海江田だか誰かがいった1500万円は金持ちじゃない発言は逆説的に正しいだろう。
金持ちや資産家は許さないという嫉妬の思想に固まっている人には当然の政策に見えるかもしれないが、僕はこの政策を非常に憂慮している。
それはよく言われるような金持ちに厳しい増税をすれば勤労意欲を削ぐだの金持ちの海外逃避が始まるというレベルのものではない。(もちろん、それも重要だが参考過去記事 )
今回の税制改正で狙い撃ちにされて困っているのは所得が1500万-2000万だとか金融資産と不動産などをあわせて保有財産が1億前後から2,3億といった層じゃないんだろうか。
たとえば、
地方のちょっとした地主・医者・弁護士・公認会計士・大企業の役員・中小企業のオーナー・あるいは東京などの都市部で自宅の土地を活用したアパート経営などといった層ではないだろうか?
こういった人たちは多くの人が思っているほど金持ちではないということはちょっと考えれば容易にわかるわけで、実は増税に対する耐性はそれほど強くない。
おそらく、職を失っても国に頼らずそれなりの期間はなんとか食いつなげるものの、決して一生何もせずに暮らして安泰という層ではないことは容易に想像ができるだろうし、相続税対策の金融資産を多く保持しているわけでもないだろうからだ。
僕はこういった層の存在とこういった層が活力を持つことは社会の安定化と活性化の両面から非常に重要だと思っている。だから、今回の政策にははっきり言ってあきれと怒りが止まらない。
なぜかというと?
まず、こういった層は良くも悪くも生活に若干の余裕がある。よって、考え方に余裕もあれば幅のある人が多い。アクセク生きる必要がないと考えている人が多いし(努力しないという意味ではない)、いざとなってもなんとか生きていけると思っているからリスクをとることにもある程度鷹揚だ。また、学歴もそれなりに高いことが容易に想像できるけれども、おそらく親の学歴も高い場合が多く、かえって、学歴が高いから人生で成功しなければいけないともあまり考えていない人が多いはずだ。
よく、「ぼっちゃん」だから根性が足りないなどといわれるが、そうであるからこそ、社会においては周りの目(特に上司からの目)などを気にせずに、自分が信じていることや正しいことを行える可能性も高い。ま、悪く言えばマイペースか。笑
一方でもともと何もせずとも生きていけるわけでもないだろうから、それなりの努力や人並みの貧乏は経験しているはずで、庶民感覚も多いに持ち合わせているというわけだ。(たとえばアパート建てるにしても初期費用が多額に必要なわけで実際にキャッシュフローがプラスになるのは10年とか建ってからかもしれない)
もし、機会の平等がすべての人に与えられている世界が来たら?機会の平等は必ずスタートラインを等しくするための結果の平等につながる。なぜなら、本当に平等にするならばすべての子供を親から引き離して施設にぶちこんで画一な環境で育てなければならないからだ。
そういった社会はどうなるだろうか?と。
おそらく今以上に能力と努力に基づいた過酷な競争社会になるだろう。機会の平等が与えられているという名目のもとに所得の再配分も今まで以上になくなることが容易に想像ができる。
そうなると、学校の間はまだいいが、能力以外の運や人間関係といった要素の占める割合が多くなる実社会で何が起きてくるだろうか?。自分の身をすべて自分で立てないといけない人しかいない社会。その結果は、より良好な人間関係を求めるため、運の良い人間になる確率を上げるためにいわゆる「レント・シーキング 」や「インフルエンス活動」がとてつもなく活発化する社会になるんではないだろうか?
すなわち、上司へのごますり・同僚同士の足の引っ張り合い、極端なセクショナリズムといった無意味な活動が横行する可能性は高い。
なぜなら、すべての人が自分の実力で成功を勝ち取らなければいけない社会だからだ。そこには自分の保身を考える人や短期的な機会主義が増えて、正義や長期的という観点は失われる可能性は高い。
しかし、上で述べたようにプチ金持ちやプチ金持ちの二世が多くいる社会というのは僕はそうではないと思う。彼らは努力なしにちょっぴり裕福な生活を維持できない。しかし、同時に人生に大きく失敗しなければ、生きていくことすら困難になるような人たちでもない。たとえば保有不動産から月に数万から50万程度のお金が毎月入ってくるような人たちだ。
彼らは経済社会・企業社会においてはお金があるから幸せだとは思っていないし、分不相応にえらくなって妙な苦労を背負い込まされるのもいやだと思っている。一方で、自分の正しいと思うことを上司の目など気にせずにやれる経済的バックグラウンドも持っている。ひたすらに成功を目指してアクセク生きる人たちをいい意味で蔑視もしている。別に過剰なゴマスリ興味を示したりもしないだろう。おおげさにいえば、ちょっとしたノブレスオブリュージュを体現してくれる層なのである。昔風にいえば、地方の名士というヤツだ。
また、政治の世界においては、目先の痛みを伴う政策であってもそれが将来のプラスにつながるのであれば支持する層でもある。
しかも、上記の職業を見ればわかるようにちょっとの才能とちょっとの努力とちょっとの運があれば多くの人にとって容易に仲間入りできる階層であるから、こういった層の元気がいいことは多くの庶民にとっても励みになるはずだ。
このように考えていくならば、そういった良質のプチ資産家層はその国の安定と発展にやはり寄与する存在だと考えるのは間違いでないだろう。ただし、彼らは大金持ちでないから財産の量なんてたかが知れている。多額の相続税は彼らに重い負担になってのしかかり彼らを1代限りで消滅させることは容易に想像できる。
そういった姿を見た多くの庶民は努力して「ちょっと」金持ちになっても子供にほとんど何も残せないんじゃあ意味がないなあと思って努力しないか、もっともっと金を稼がないとといって拝金主義に陥るかどちらかだろう。
こういった層を破壊することは民主党の党利にはかなっているかもしれないが、おそらく日本という国の国益には大きなマイナスになってくるだろう。(ま、民主党が党利に基づいてこの政策をやったというよりは取れるところから税金を取ろうという発想で取ったと思われる。そうならば、ほんとに政治家のスケールが小さいなあと思わされて残念だけど)
この税制改正とその方向性の持つインパクトは僕は恐ろしく大きいものになり日本社会にとんでもないダメージをもたらす可能性が高いと思っている。この方向性を次の政権がとめてくれることを願ってやまないが、格差・格差とうるさい中で自民党にそれができるかどうかといえばかなり不安でもある。
ま、この文章は妄想入ってるけどね。こういう研究ありそうね。今度、暇なときに論文でもないか調べてみます。知っている方いたら教えてください。この妄想とぜんぜん逆の結論だったりするかもしれないけど。
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