×××えんちの事情×××

×××言いがかりも×××言い訳も×××すべてそこには
×××事情があるから×××


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父が亡くなって、10日が経ちました。

実感?

そんなものありません。

実家に電話をかけると、父が出て当然で

実家に帰れば、いつものように

おぅ!来たんこっ!

そう言ってくれると思っている私です。

くだらない親父ギャグを連発して

みんなにスルーされてる父が、すぐそこに

笑いながら座っているような気がします。

大の阪神ファンの父は、いまごろ天国から

“何をしとんにぁいや!”

イライラしながら応援しているのかもしれませんね。




そんな父の最期の日を書くことにします。




4月10日(水)

●早朝の電話

朝の4時53分に私の携帯が鳴り響き、目が覚めた。

こんな時間に・・・誰?と思ったら、妹からだった。

充電中の電話をごそごそと引っ張り、電話に出た時には

すでに切れてしまった後で、なんやろ?と思っていると

今度は家の電話が鳴り響き・・・

どんな急用なんよ・・・と、バタバタと電話に出ると

妹の旦那からだった。




“じいちゃんが危ないから、すぐ病院に来て”




●危篤

突然、危篤と言われても・・・。

一昨日、チビの入学の内祝いを持って行った時には

普通に喋っていたのに・・・。

何が何だか分からなかった。

とにかく、急いで病院へ行こうと服を着替えていると

隣の部屋の長女も気配を察したか

服を着替え、チビも服を着替えだし

3人揃って病院へ駆けつけることにした。




●動揺

こんな状況なんやし、赤信号でも渡っていいんちゃう?

長女の無茶な発言も、制することができるほど

私は落ち着いて運転をしていたはずなのに

通い慣れた病院への道を忘れてしまっていた。

すぐそこに見えるのに、通り過ぎてしまったり・・・。

実は、かなり動揺していたのだろう。

落ち着け、自分!




●救急室

時間外通用口から、救急室へ走っていくと

妹夫婦と母が救急室の前でうなだれていて

私たちは、すぐに父の処置をしている部屋に通された。

その部屋で行われていた処置は、目を疑うものだった。




●心臓マッサージ

変わり果てた父の姿に、茫然となった。

(私たち娘が病院に到着するまで)

動かない心臓の蘇生処置がされていたんだ。

マッサージの手を止めると、横一直線になる心電図モニター。

声をかけても返事などあるわけもなく

手足はすでに冷たくなっていたんだ。




●看取る

父と最期の会話もなかった。

握っても握り返してくれない冷たい手をはなす。

母も妹も私も・・・諦めるしかなかった。

父の命をこれ以上、ひきとめることが忍びなかった。




辛かったやろう。

苦しかったやろう。




止めどなく溢れる涙。

静かにマッサージの手が止められ

心電図の波形がモニターから消えた。




●宣告

4月10日午前5時15分、医師より臨終の宣告。

理屈で分っていても、状況からして分っていても

父の死を受け入れられない私たちは

苦痛で顔が歪み、涙でグシャグシャだった。

唯一の救いは、父の寝顔。

とても安らかで、きれいで、男前だったんだ。




●原因

胸部大動脈瘤破裂。

病院で検査もしたはずなのに

どうしてこの動脈瘤は発見されなかったんだろう。

普通よりもかなりの早さで大きくなっていたらしい。

この日の夜中に、咳込んだ父が痰を吐いていたのを

心配した母が電気をつけると、それは血だったという。

それでも“大丈夫。朝になったら病院へ行くから”と父。




そんなに我慢強かった?

みんなに心配させんとこうって思ったの?




けっこうな量の血を吐く父の姿を尋常じゃないと

判断した母が、救急車を呼び、病院へ駆けつけたそうだ。

これが胸部大動脈瘤の破裂だった。




救急車の中でも、“大丈夫やから・・・”

心配する姉たちを家に帰るように言い

病院で手当てを受けてる時も

看護婦さんに“大丈夫・・・”を繰り返し

そして、帰らぬ人となってしまった。




動脈瘤はあろうことか、2ヶ所にあって

病院で手当てを受けてる最中に

もう1ヶ所が破裂した・・・。




どんだけ辛かったか。

どんだけ苦しかったか。

生きることをやめてしまった父の口元からは

まだ温かな血が流れていた。




●ただ、涙

父の最期の宣告からしばらくして、(自称アンジェラアキの)妹とその息子が

(7つ下の)妹の息子と娘が・・・そして

車を40分走らせて姉とその息子が病院に到着し

息のない父と対面をし、泣いて、泣いて、泣いて

涙はどこから溢れてくるんだろうと思うくらい泣いた。




●後悔

一昨日、もっと父を気遣ってあげればよかった。

面と向かって、いっぱい話もすればよかった。

父と交わした最期の言葉。




“なんか干物でも、持って帰れや” “うん。おおきん。”




私は父がこんなにも早く逝ってしまうなんて

思いもしなかったし、また今度・・・そう思っていたから

悔やまれてならないんだ。

両親の反対や心配を振りきって、離婚して

仕事に根詰めて、胃潰瘍になって

いっぱいいっぱい心配かけさせてしまって

ごめんねも言えなかったし、ありがとうも言えなかった。




次女のお婿さんだって、父に紹介したかったし

7月に生まれる初ひ孫の顔も見せてあげたかった。




こんな早く、死ぬなよ。

もっと生きててよ。

また秋に大家族で温泉行こうって約束してたやん。

目を開けてよ。




父の胸元に手をやると、まだ少し温もりが残っていた。




そうや、そうや。

遥の子を見るまでは死ねんわいや。

どうにか頑張ったけど、無理やったわ。

丈夫な子を産めよ。

幸せになるんやぞ。





父がそう言ってくれたような気がした。

天井を見上げ、父の魂に微笑みかけた。

それが精一杯だった。




父の最期を忘れない為に、私は泣きながら書きました。

もう涙は枯れた・・・と思ったけど

悲しみも寂しさも消え去らないから

いつも涙は溢れることでしょう。

今日は連日に比べとっても寒いから

寒がりの父が心配です。




悲しい日記になりましたが、いつものように〆たいです。

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