蓮舫さんよりも石丸さんの方が票を取る可能性がある、という現状認識があるみたいです。

 

情勢は日々変わりますが、街頭演説の動員力で、石丸さんが結果を出しているみたいです。

 

蓮舫さんの演説にも人が集まっているみたいなので、そんなに危機的状況ではないのだろうと思いますが。

 

石丸さんについては、僕はネオリベ・グループの匂いを感じるので、あまり信用できない感じがしていますが、とりあえず原則として、社会を良くするには、重要ポジションに人を起用する時に、見る目を持って、適切な人を起用し、不適切な人を起用しないことが重要であると、まずは共通認識を作るべきじゃないかと思います。

 

自分が人を見る目を持っているかどうか、それは自分を企業の人事担当の立場に立たせて、面接を希望する人が来た時に、その人が役に立ってくれるか、入ってから進歩してくれるか、会社に対して連帯意識を持ってくれるか、そういったことを自分が判断できるかどうかをイメージしてみたらいいと思います。

 

ぱっと見て、その人がどんな人か、確実に判断できると自信を持てる人はどのくらいいるでしょう。

 

会社の場合はすぐに結果が出て、自分が入れた人が、後でどのようになっていくかを見れば、自分の判断が正しかったかどうかわかるでしょう。

 

国政選挙においても、自分がいいと思った人が、その後どういう仕事をしていくか、見ようと思えば見ることができますが、自分の人の見る目が正しかったかどうか検証できるでしょう。

 

会社の場合は、同じ会社の人間がどういう仕事をしているかは、あまり意識していなくても、見えたり聞こえたりするので、自分の人事評価が正しかったかどうか、自分で検証できると思います。

 

国政の場合は、ずっとウォッチしている人が稀であるため、選挙の時の宣伝や、日常の宣伝に惑わされて、その人がどういう結果を出しているのか、正しいイメージを持つことができずに、自分の人を見る目が至らなかったことに気づくこともできない、という結果になりがちです。

 

それでなんか知らないけど、最近、生活が苦しくなった気がするなあ、という感想を持つだけになります。

 

この反省ができず、同じ人事の失敗を繰り返すということが、最もダメで、最も危険なことです。

 

僕も、竹中平蔵さんが最初に出てきた時に、今知られているような危険な人物だということに全く気が付かなかったので、人を見る目がありませんでした。

 

そういう失敗は反省して改め、竹中さんの評価ではなくて、次に出てくる人を正しく評価できるようにしなければならないわけです。

 

石丸さんがいいと思う人は、それもひとつの判断だし、他の人の判断が間違っていると言えるほど、僕の人を見る目が確かだとは言えないわけですが、自分が判断した結論が、本当に正しかったのか、後で検証することは重要だろうと思います。個々人がそれを怠ると、社会として全く学ばず、同じ失敗を繰り返すことになります。