みぶきえみです。
みんな幸せになりたいよね!
だから、過去を癒そうって
躍起になる。
だって、過去を癒さないと
幸せになれないって
植え付けられてきたから。
だから、親をゆるそうとかにも
なるんだよね。
別にゆるしても
ゆるさなくても
どっちでもいい。
けどね、過去の傷を
掘り起こすのをやめたとき
現実は一瞬で動き出す。
あの時の傷があるから
今の私はこうなんだ。
あの過去を癒やさないと
前には進めない。
私たちはいつの間にか
そんな言葉に縛られて
過去という名の
深い森を彷徨い続けてしまう。
私も、そうだった。
周りから
できる人に見えるように
完璧な城壁を築き
自分の脆さや感情を
完璧にコントロールして
必死に自分を守っていた。
そうしなきゃ
自分の価値を証明できないと
思い込んでいたから。
けど、人生には
個人のコントロールなんて
一切通用しない瞬間が訪れる。
私にとって
それは母の死だった。
張り詰めていた鎧が
一瞬で弾け飛び
自分が音を立てて壊れていく。
それまでの、偽りの私が
完全に崩壊する
凄まじい恐怖と降伏の体験だった。
城壁が崩れ落ちたあと
世間はよく傷
を癒やしましょうって言う。
でも、私はある時
猛烈な違和感を覚えた。
癒やすってことは
癒やされなければいけない
傷ついた可哀想な私が
そこにいる前提。
それって、形を変えた新しい
役割の押し付け(鎧)に
過ぎないんじゃないかって。
過去の傷を
何度も掘り起こしては
あの時の痛みを
頭の中で何度もなぞり
自分で自分の傷口を
さらに広げていく。
どうにかして
癒やそう、解決しようって
そこに執着しているうちは
過去という力に
1ミリも逆らえていない。
そして、現実がうまくいかないと
まだ癒してない過去があるって
過去の不快を探しまわる。
意識を向けたものが
現実化するし
そこにエネルギーを
注ぐことになる。
だったら、過去をどうにかしようと
そこにエネルギーを注いでる間は
前に進めないんじゃないかって。
だったら
過去をどうにかしようとするのを
もう、やめる。
「過去なんて、どうでもいい」
そう心の底から思えた瞬間
世界の見え方は一変した。
現実が変わるのは過
去にエネルギーを注ぐのを
完全に手放して
今、この瞬間に
未来の方向性を決めるって
自分の足で立ったときだけ。
過去がどうだったかは
これから向かう未来には
何の関係もない。
大好きな佐治先生も
ご著書の中で
「これからがこれまでを決める」って
言われてるんだよね。
過去が癒されたら
未来が変わるんじゃなくて
自分が未来を決めて
歩むと決めることで
現実も変わるし
過去の意味も変わっていく。
どんなに不完全でも
脆くても
素のままの自分でそこに在り
私は、ここへ行くって旗を立てる。
その決定のインパルスこそが
現実を動かす本当のエネルギーだ。
過去の森に、もう用はない。
今、この瞬間に決める
未来の方向性は
どちらを向いている?
