みぶきえみです。
ちょっと長いよ![]()
休みたいのに、落ち着かない。
緩めたいのに、余計に力が入る。
何も問題はないはずなのに
どこか張りつめたまま戻れない。
そんな状態にある人って
思った以上に多いんだよね。
頭ではわかっている。
もう頑張らなくていい。
力を抜いたほうがいい。
休んだほうが回復する。
それでも体は
言うことをきかない![]()
緩めようとするほど
内側がざわつく。
静かになるほど
不安が浮かぶ。
このとき起きているのは
意思の弱さでも
考え方の問題でもない。
体と神経の側で
はっきりした反応が起きている。
実は人は
ストレスから離れたいときほど
無意識にストレスを求めちゃう![]()
それは不思議な矛盾じゃなく
緊張の中で生き延びてきた体が
回復へ向かおうとするときに通る
自然な道筋だ。
この「ストレスを欲する」っていう
意味不明な現象も
いくつかの段階に分けて見ていくと
今、自分の体で
何が起きているのかが
少し輪郭を持ちはじめる。
① ストレスを「和らげたい」から
ストレスを欲する
人は本来
ストレスを避けたい存在だと
思われている。
けど実際には
無意識のうちにストレスを
欲してしまうことがある。
長いあいだ緊張の中にいると
神経はその状態を
「通常」として覚える。
張りつめていること
力が入っていること
気を張っていること。
それが生き延びるための基準になる。
すると、安全やや安心に近づいた時
理由のわからない落ち着かなさや
不安が起こる。
何も起きていないのに
何かしなきゃいけないような。
その不安を打ち消すために
人は刺激を探し始める。
考えなくていいことを考え
問題でなくても問題にし
忙しさや心配事を自分に与える。
癒されたいからこそ
ストレスを欲する。
ストレスでしか
今の自分を保てないからだ。
② ストレスを「反転させたい」から
さらに強いストレスを欲する
体のレベルでは
とてもわかりやすい
現象が起きている。
看護師として
心電図を取っていた頃
体に力が入ってしまい
波形がうまく出ない人がいた。
「力を抜いてください」って
声をかけると
その人はさらに緊張する。
抜こうとするほど
力が入ってしまう。
そんなときに有効なのは
「一度、ぎゅっと力を入れてください」って
伝えることだ。
そして、合図と同時に
パッと抜いてもらう。
すると
不思議なほどすっと緩む。
体は、緩め方を
忘れてるんじゃない。
中途半端な緊張状態から
どう抜けたらいいかわからないだけ。
中途半端では終われない。
まだ耐えられるうちは
手放せない。
だから無意識は
限界まで行こうとする。
これ以上は無理だっていう
地点に触れたとき
制御が崩れ、反転が起きる。
意志を使い切ることで
意志を超えた領域に落ちていく。
昔からある修行や極限体験と
同じ構造だ。
③ 2つの動きは、同じ流れの中にある
軽いストレスを求める動きも
さらに強いストレスをかける動きも
向かっている先は同じだ。
緊張から抜けたい。
でも、その抜け方を知らない。
だから、ストレスで中和しようとし
それで足りなければ
反転が起きるところまで
追い込もうとする。
ストレスが好きなんじゃない。
ストレス以外の戻り道を
体が知らないだけだ。
④ 問題は「欲すること」そのものではない
問題になるのは
このやり方を日常で
繰り返してしまうことだ。
心電図の場面では
一瞬で力を入れて、すぐに抜く。
安全が確保された中で行われる。
けれど人生では
その「一瞬」が日常になり
抜く前に消耗してしまう。
修行ではなく
慢性的な自己追い込みになる。
⑤ 本当の回復は、反転に頼らなくていい
本当の回復は
限界まで力を入れることじゃない。
緩めても大丈夫だと
少しずつ体に思い出させていくこと。
抜いても大丈夫
という感覚を育てること。
人がストレスを欲するのは
弱さでも欠陥でもない。
回復へ向かう途中で起きる
体の正直な反応だ。
だから、欲してしまう自分を
責めなくていい。
必要なのは
反転することでしか
抜けなかった回路から
自然に抜けられる感覚へ
道をつくり直すこと![]()
それは、自分の感覚を知って
受け入れることだけ。
一択なんだよ。
私は、もともと
このストレスのループにいた。
だから、看護師の時も
人一倍働いたし
休むことが苦手だった。
今でも
その傾向が0かと言ったら
そうじゃない。
不必要に頑張りすぎる。
けど、仕組みを知ってたら
戻ってくることができる。
自分を見張らなくていいって
こんなに楽なんだって実感する。
だから、体験して欲しいんだよね
緩んだ感覚の中で生きることを。
2月4日(水)21時~
プレゼントも特典もないけど![]()
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