みぶきえみです。
私のところに来てくれる人は
人生が行き詰まっている
わけじゃない。
仕事もあるし、生活も回っている。
外から見れば
特に大きな問題はなさそうに見える。
それでも
ぽつりとこぼれる言葉がある。
「私の人生このままでいいの?」
これ以上は頑張りたくない。
もう証明し続けるのに疲れた。
困っているわけじゃないのに
なぜか落ち着かない。
先のことを考えると
少し息が浅くなる。
「何が悩みなのか
自分でもよくわからないんです」
そう言いながら
星の前に座る人は少なくない。
占星術に来る人は
未来を当ててほしい人
ばかりじゃない。
むしろ多いのは
ここまでの人生を
どう受け取ればいいのか
この選択は
間違っていなかったのか
私はちゃんと生きてきたと
言っていいのか
そんな確認をしたい人たち。
私は占星家で
星を詠む仕事をしている。
ホロスコープを開き
天体の配置や時間の流れを読む。
けれど星を見ているとき
私の中に拡がるのは
いつも空よりも
なぜか海の感覚![]()
クライアントさんが
話してくれるのは
うまく言葉にできなかった
時期のことだったり
止まっていたように
見える時間だったり
誰にも評価されなかった
選択だったりする。
本人はそれをこう呼ぶ。
「何もなかった時間」
「無駄だったかもしれない時間」
でも、星を読むと
そこは空白じゃない。
深さとして、重みとして
確かに積み重なっている。
まるで、静かに
続いてきた海のように。
「もっとできたはずなのに」
「私、怠けていたんでしょうか」
そんなふうに問われることもある。
けれど星は
責めるような答えを返さない。
その時期は、広げるよりも
守ることを選んでいたこと。
進むよりも、壊さないことを
優先していたこと。
それもまた
人生の中で引き受けた
ひとつの役割だったことを
淡々と示してくる。
私は、星を使って
未来を煽ることはしない。
これからもっと良くなるとか
まだまだ伸びるとか
そういう言葉が必要なときもある。
でも多くの場合
本当に必要なのは
未来の保証じゃない。
「ああ、私は、ここまで
ちゃんと続いてきたんだな」
そう感じて、深く息がつけること。
それだけで
体の力が抜ける人がいる。
海は、いつも
澄んでいるわけじゃない。
荒れる日もあるし
濁る日もある。
それでも満ちて、引いて
形を変えながら、続いている。
人生も、きっと同じ。
私は占星家で、星を詠む。
けれど本当に感じているのは
続いてきた人生の海だ。
ここまで来たあなたが
それを美しいと感じたなら
その感覚はもう確か。
星は、人生を
美化するためにあるんじゃない。
続いてきた事実を
そっと確かめるためにある。
まぶしすぎない光で
今の目にちょうどいい距離から。
2月4日(水)21時~
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