⚫︎ 宇宙からのメッセージは、鳥肌が立つほどに美しい。

大人の占星術:旅する占星家・EMMY(蛭田えみ)です。

2020年1月11日、母が旅立った。

母は、苦労も多い人生だったと思いますが、最後は、子供たちや孫たちに囲まれての、旅立ちだった。



残してくれたものは、沢山ありますが、宇宙からのメッセージを、わかりやすく見せてくれたとも思う。

そのひとつは、数字だ。

去年の12月30日、母がいつも通う、お寺へ、年越し厄除け・厄落とし法要へ行ってきた。

ここ2年くらいは、足が痛いということで、私が代わりに行ってた。

護摩木に、名前を書いて渡すと、年齢を入れてくれるのですが、そこに書かれたのは、「87歳」

母の享年だった。

本来なら、2020年に88歳になる母の数え年は、89歳。

でも、お寺の方が間違えたとは考えづらく、私には、そう見えたって、ことかもしれない。

その時に、母は、誕生日(2月1日)を、迎えられないんじゃないかと、頭をよぎった。

でも、その時の母は、足が痛いこと以外は、比較的元気。

法要の後、お札を持って行った時も、私の食事も用意してくれてて、一緒に食べたほど。

だから、その考えは、薄れていった。

2020年になって3日。

埼玉から帰ってた私の次男が、もう一度母に会ってから帰るということで、朝電話をかけると、何度かけても、電話に出ない。

心配になって、私も一緒にかけつけると、キッチンで、倒れてた。

救急車で病院に向かい、医師の説明を聞くうちに、母は誕生日を迎えられないっていう思いが、再び襲ってきた。

そして、数日経ち、母は月蝕の日に、旅立つんじゃないかと、感じるようになった。

看護師だった頃の、経験的なカンもあるかもしれないし、母、私、弟のホロスコープも、そう語ってました。

(これについては、また後日)

結局、母は1月11日、正確な満月の時間の、少し前、蟹座19度の月と、山羊座19度の太陽に見守られ、旅立った。

時間に遅れるのが嫌いで、いつも早く行動する、母らしいなと感じた。

1月11日という日は、私にとって、特別な日だ。

私は、2008年12月に結婚したのですが、本当は、翌年国際天文年でもある2009年の1月11日に、入籍する予定だった。

当時、夫が1年に1度もない出張で、1月11日が無理ということになり、前倒ししたのだ。

もし、人生の最期を決めて生まれてきてるなら、結婚記念日と命日が、重ならないようにという、宇宙の采配だったのだと思える。

とは言っても、入院してから、決断の連続。

無理な延命はしたくないという思いが、強かったのは確かだ。

看護師の経験の中で、亡くなる時には、過剰に輸液や薬剤を投与してるより、何もない方が、楽そうで体も浮腫まず、ご遺体も綺麗だと感じてきた。

だから、そういう選択をした。

だけど、本当にこれでよかったのか?という思いは、出棺まで、続いた。

母は献体することを決めていたので、白菊会の車が迎えにきてくれた。

その車のナンバーが、亡くなった時の、太陽のサインと度数を表してた。

これで、良かったんだと、少しホッとした。

数字からのメッセージは、シンプルに、私たちのもとにやってくることを、再確認させられた。

もし、この日を知っていれば、入籍の日をずらしたのは、自然なこと。

あの時はわからなかったけど、起こることは、未来の自分からのメッセージでもあるんだと確信。

そして、不安になている気持ちにも、大丈夫だと寄り添ってくれているように感じた。

だから、今何が起こっても、必然なのだ。

占星術的には、もっと、鳥肌が立つほどに、美しい表示がある。




2020年(令和2年)1月11日、2月1日生まれの母らしい、旅立ちの日だった。