Hello everyone, it’s Emma!



さて、今回は…

私がハーフとして生まれ育った環境や
言語的なコミニュケーション術など
Multicultural family 特有のお話をしますニコ


まず初めに家族構成から


⚪︎一途なカジキマグロ(父)
出身: 東京
言語: 日本語、英語
特徴: お魚大好き、妻に毎朝コーヒーを淹れる

⚪︎努力家チャップリン(母)
出身: ソウル
言語: 韓国語、英語、フランス語、日本語
特徴: 驚異のコミュ力、この人だけは絶対に怒らせてはいけない

⚪︎ヒステリック秀才(姉)
出身: ロサンゼルス
言語: 日本語、韓国語
特徴: 泣き虫ガリ勉、恐ろしく数字に強いが共感能力がどこかに飛んでいった女

⚪︎冷静ナイチンゲール(私)
出身: 京都
言語: 日本語、英語、韓国語
特徴: 正義感と母性強め、俯瞰して物事を見すぎて感情をどこかに置いて来た女


というメンバーなのですが(笑)


姉が生まれた頃は
まだまだ母の日本語も拙くて

元々父と母のコミニュケーションは英語中心だったので、その延長線…という感じでした


母は24歳で国際結婚して
もちろん日本語はゼロからのスタート

日本語の習得って
本当に難易度が高いと思うんです

でも今では父よりも断然vocabularyの多い母
心から尊敬してます (父よ…!!おーっ!)



そして私が生まれて
やっぱりまだ100%意思の疎通は図れず

家の中では下三角
日本語50% 韓国語30% 英語20%

母の実家に帰る時は下三角
韓国語50% 日本語40% 英語10%


という具合で
あとは気持ちとジェスチャーで伝えてました


正直言って幼稚園や小学校の頃は
友達に母との会話を聞かれるのが嫌でしたぐすん

「Emmaちゃんのお母さん何て言ったの?」
「なんか日本語の発音とか変だね(笑)」
「日本人じゃないもんね〜」


この時この子たちに


「あなた達、異国の地で生き抜く努力したことある?最初から完璧な人間なんていないの、私はママを誇りに思ってる」





…なーんて
言えたらどんなに母の心の支えになったか


はい、私は何も言えませんでした


挙げ句の果てには

「わたしハーフに生まれたくなかった」

と、何にも悪くない母と姉にぶつける始末
(姉だって学校で言われて辛かったのにえーん)


でもこの時母は

「ごめんねハーフで産んで辛い思いさせて」














なーーーーんて言葉は一切!!
微塵も!!(笑)


言わなかったんですねぇ笑い泣き




母は一通り私の話を聞いた後にポツリと


「それで、Emmaはハーフだから誰かを傷付けたの?悪いことをしたの?」


わたし(当時6歳くらい)
「えっ…………と、それはしてないよ」


「じゃあ話終わりだね、Emma はそのままでいいし、ママもパパも悪くない、we’re just more specialなの 」



えーーーガーンもやもや話終わり!?
モアスペシャル?…もっと特別ってこと?
私たち変なんじゃないの?

みんな普通じゃないって言ってくるし…
普通じゃない、特別?

普通じゃないけど
悪いことした訳じゃないか…

友達に傷付けられたけど
自分は傷付けることは言ってない









「これでいいのだ…キラキラ






と言う、バカボンアンサーが出たわけなんですねぇ(笑)



でもね、本当にこれでいいのです

ただ少し特別なだけで
それは日本という島国だから特別扱いだけど

一歩外の世界に出たら日常



ただ、その考えを他人に説く必要もなくて


自分は自分
ここではちょっと特別よニコ


くらいの気持ちでOKなのかなって


苦労してきた人の言葉は重みがあり
後からスッと入ってくるなぁと


やるじゃんmommyおーっ!


と、子供ながらに
強い母から刺激を受けたのでした


mommy あの時はありがとな!(笑)








そして相変わらず
一向に韓国語を覚えられない父笑い泣きおい!





次回のEmma the geek…
国立の幼稚園や小学校ってなにが違うの?どうやって入ったの?





See you in the next blog!
Emma