見えないもの、見えるもの

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日本支援助言士協会の鶴田です。

 

 

 

 不完全だらけの、私の人生を語る

 

こっ恥ずかしこと、自己開示をしたことで

 

私自身も、たくさんの気づきがありました。

(自己開示はするもの。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。)

 


 アドラー心理学では、

 

自分の生き方も、ライフスタイル

 

も、自分で決めているといいます。

 

 

回避するのも、行動するのも、

 

自分で、決めていること。

 

 

私も、思い返せばあの時「決めた」

 

という、確信がたくさんあります。

 

 

自己決定の連続でした。

 

 

 そんな話を、先日講演会で

 

話しました。

 

 

 

ハチャメチャ、決定し、行動して

 

きた、そんな自分を開示して、

 

 

 

 あらためて、感じたことは、

 

その背景には、絶大なる

 

甘えと

 

信頼があったことです。

 

 

聞いた方は、そう思ったで

 

しょうが、

 

 

自分は、話すことで、

 

あらためて胸に、コトリと落ちる音を

 

ききました。

 

 

 

母に、叔母たちに、祖父母に

 

親戚に、共同体に、

 

信頼されて育ったこと。

 

甘やかして育てられたこと、

 

 

ふつふつと蘇ってきました。

 

 

 自由に、

 

 のびのびと、

 

飛び回っていた。

 

わたし。

 

 

 母の口癖、「汚い」

 

という言葉に、傷つくことも

 

あったけど、

 

「だらしない」

 

 

という言葉に、反発することも

 

あったけど、

 

 

そんな時、叔母がかばってくれた。

 

母に、

 

「自分のことを棚に上げて・・、

 

言葉使いに気をつけなさい」

 

 

と、母と私を同時に戒めてくれた

 

そんなことも、たびたびありました。

 

 

一対一の関係ではない、複数の目が

 

あって、いたわり合い、律する場、

 

共同体が機能していたのです。

 

 

母は、黙々と、

 

働き、子どもに、孫に惜しみなく、

 

お金を与え、尽くし、

 

 

 何があっても、

 

駆けつけてくれる、

 

という安心と信頼感を

 

母の揺ぎ無い意志を

 

植え付けてくれました。

 

 

 

信頼の表し方は、

 

母と私は、違っていたから

 

よくぶつかったものです。

 

 

母は、慎重で、コツコツと

 

用心深く、とことん人に尽くす

 

のですが、

 

 

反対に不用意に不特定多数の

 

人に、オープンに接してしまう、

 

そんな私を

 

母は、心配し、不安に

 

思っていたようです。

 

 

 表し方は違っても、

 

母の細やかな、愛情と強さに

 

安心して、反発し、

 

飛び回っていたのだと、

 

 

自己開示をして、

 

見えない、力を感じることが

 

出来ました。

 

 

あの、絶対的信頼感は、

 

沖縄の共同体が母を育て、

 

人々を育てた。

 

 

悲しみの歴史が、人の絆の

 

大切さを、育てた、文化であり、

 

空気だった。

 

 

 

 見えない信頼の空気。

 

 

共同体の人の心をを育てた空気です。

 

講演会で自分のことを語った後に

 

不思議な信頼の力を感じました。

 

 

 見えるものだけでない、見えないもの

 

を信じる力、

 

生きるパワーをもらいました。

 

 

自己開示はした方がいいです。

 

それも、聴いてくれる人がいたから、

 

出来たことです。

 

 

感謝。