唯一の私でありたいのだ

 

今月のふみサロでの課題本

「早く絶版になって欲しい駄言辞典」を読んで、

エッセイを書きました。 ここから↓

 

 第一子はしっかり者か、のう天気な性格に分かれるという。

さしずめ私は第一子、思い当たるは後者である。

 長いこと無自覚に過ごしていたが、カウンセリングの勉強を

するときに様々なタイプ別心理テストなるものを学んだ。

性格テストといってもよい。

 一つの心理テストだけでなく組合わせていくつかやることで、

そこそこ自分がわかった

 楽天的で勢いよく前に進む傾向があること。

それは納得、でもどこかしっくりこない、

別の要素を持つ自分もいる、違う自分、物足りない。

分裂タイプか鬱タイプかというと鬱タイプである。

思いあたりはあるものの、少し納得いかない。

 そして今のところは、分からないというところで落ち着いた。

自分でチエックするのだから、限界があるともいえるが。

 人は、自分が唯一でありたいのではないか?唯一でありたいから、

ざっくりと分けられたくないのかもしれないと、仲間に訊いてみた。

みんな程ほどの自分を知るだけでいいのではないかと無難なところに落ち着いた。

では、どうして占いや心理テストが流行るのか?

唯一の自分への限りないこだわりが私たちを動かしているのではないかと

話は盛り上がった。 

 

 「沖縄の女の人って、息子を異常に可愛がりますよね。

主人の母に主人の振る舞いや行動をたしなめて欲しいと思って相談しても、

男にはあまりガミガミ言わない方がいいよ」

と云うばかりで姑ともうまくいかなくなりました。

と相談にきた女性がいた。

勿論私が沖縄の出であることは知らずに、盛んに沖縄の親は、

とか沖縄の男はとか訴えていた。この女性は北海道の出身という。

 カウンセリングでのあるある話である。

自分と違うところに惹かれたはずなのに、いつしかそこが許せない、

そして私は正しい、あなたは間違っている、

都合のよいところだけをとりあげ避難する、

自分の正当性を主張し他者にお墨付きをもらおうとする。

 人間関係の多くの問題は「私は正しい、

あなたは間違っている」という構図になっている。

 

「女は」「男は」「普通は・・」とひとくくりにされたくない。

固有の一人、由一無にの自分であることを切に求める。

駄言の多くはその人を見ずに、ひとくくりにして発言する

「女は」「男は」「母親なんだから」「子どもを置いて仕事するなんて、・・・」 

多様性とは程遠い。

 

駄言は必ずしも悪意ではないことが厄介。

社会全体の価値観が変わるには根気よく問い続けるしかない。

 

 ここまでがエッセイ

 

 日本支援助言士協会は

コミュニテイーカウンセラーを養成しています。

関心のある方、コミュニテイーカウンセラーって何と

興味のある方、メルマガお届けします。はこちらまで

 カウンセラー資格取得は横浜で - 横浜 一般社団法人 日本支援助言士協会 (sienjogensi.org)

 

日本支援助言士協会の鶴田です。

 

  劣等感のない人はいないのです。

  石川啄木も、
  「友がみな われより偉くみゆる日よ、

 花を買ひ来て妻としたしむ」

 と、劣等感に打ちひしがれたときの ことを詩っています。

  

 誰にでも時折、自分以外の人は、 皆立派にやって いるなぁと

思ってしまうことがあるでしょう。

 先日も、古い友人が SNSやFbを見たくない、

皆、幸せそうで活躍しているのを 見たくないと言っているのを 

聞いて少し寂しくなりました。

 

一見、マイナスのような「劣等感は」

 むしろ、私たちを豊かにさせる源泉・・と。

 アドラー心理学は、伝えています。 

 

 私は年寄りっ子で、小さい頃から

 何も教えられていない、だから何も 知らないという、

飢餓感のようなもの に支配されていました。  

 幼稚園入園式の日、知らずに 近所で遊んでいたのです。

隣のおばさんが、「エミちゃん今日は入園式じゃないの」

 と教えてくれて・・・、

  私は何のことか分からず・・・ 

もしかして、幼稚園に行けないかもしれない

 という、不安に襲われてしまいました。 

 幼稚園に行くのを楽しみにしていたのに、

 行けなくなるかもしれないと思ったときの悲しさは忘れられません。

 一人だけ、 地球に残されてしまったかのような、 心ぼそさ。

あぁ、やってしまった。

 あわただしく、走り回る大人たち の側で、茫然と立ち尽くしていました。

  祖父母は慌てて、手続きをして翌日 から行くことができたのですが。

戦後間もなくのこと、まだ野原に ばらっくを建てた園舎らしきものもない

 時代なので、入園式といっても、 子どもと先生と遊ぶ一日目といった

 程度だったと思うが、 私はショックでした。

  祖父母に何か、質問しても、 はぐらかしたり、適当な返事しか

 もらえないことをその時は、知って いたので、

 幼稚園にいったら何でも教えてもらえると期待も大きかったのです。

  一日くらい遅れたって、心配もなく入れたのですが。 

 その後も幼稚園では、皆きょうだいが たくさんいて、

いろんなことをお兄ちゃん、お姉ちゃんから教えてもらって、

 はやりの歌や、映画のことなど、皆知っているのです。

  友達は何でも知っている、 私は何も知らないという

劣等感を抱えていました。  

 でもその劣等感が、私の好奇心 を育ててくれたと思っています。 

知る喜び、学ぶ喜びは何にものにも代えがたいものとなり、

楽しい 学校生活へと変わっていきました。

好奇心に拍車が駆かりました。

 

 アドラー心理学では、劣等感には補償の力があると説いています。

  劣等感を補おうとする力が働くので、

マイナスに捉える必要はないといいます。

 劣等感を使って、どう取り組んで行くかどうかが、

大切なことで、劣等感そのものは誰にでも備わっている、

人間として当たり前の ことと言います。

  私の場合何も知らない、知りたいと いう方向へ、 

補償する形で、建設的な方向にいったのですが、

 非建設的な方向に行く「何も知らない私」を通していくことも

 出来たかもしれないのです。 

 依存して可愛い女といわれるために、 一生懸命健気に

「可愛そうな私」でいることもできたはず。

 なのに、無意識に選んだのは、 「知りたい、知るために私は行動するんだ」

 という選択でした。

 

 古い友人にそんなことを話しました。

 

  劣等感を糧に出来た自分に 花を買って、祝してあげたいと 思っています。 

他の人が、羨ましいとき、 皆よくやっているなあ と思ったとき、

花一輪を買ってきて 眺めて自分の中にある、花の力を 探してみましょう。

 

 日本支援助言士協会はコミュニティカウンセラーを養成しています。

 メルマガはカウンセラー資格取得は横浜で - 横浜 一般社団法人 日本支援助言士協会 (sienjogensi.org)

 

 小学校5,6年の夏休みの宿題で、

昆虫標本を作って二年続けて銀賞、金賞をもらった

私の唯一の輝かしい思い出がある。

 

 朝起きると、昆虫採集道具一式をもって

麦わら帽子をかぶり水筒を下げて

里山に出かけて行った、一人で。

 

 きっかけは昆虫採集用の注射器に興味を持ち

注射することが面白くなり、昆虫標本をつくってしまった。

それが銀賞に選ばれたのだ。

 二年目は、ライバルが現れた。

いつも一緒に遊んでいるAちゃんだ。

Aちゃんには、成績でも負け初めていた。

算数が得意で頭の回転が速い。

優しいお母さんがいて、きょうだいがたくさんいて、

私は羨ましく、内心劣等感を抱いていた。

 

 Aちゃんには、手伝ってくれる兄や姉がいる、

私は家族で話が出来る人はいない、

そんな思いが二年目の昆虫採集は気合が入った。

 

 沖縄の山は里山と云えるほど、高くなく

丘のようななだらかさだが、亜熱帯の気候に育つ

植物はたくましく道などなく、険しい。

その上毒を持ったハブもいるが、私はそんな知識もなく

ただ、蝶々だけを追いかけた。

 

 時には食事もとらず、水も飲まず家に着くときは

夕方になっていたこともあった

さすがにその時は祖母に叱られ、

水とおにぎりをもって出かけるようにした。

 

 結果は、金賞でAちゃんは銀、評価で揉めたということも

後に先生から聞かされた。

私に軍配が上がったのは、蝶々だけに絞っていたこと、

羽が活き活きしていたことだったという。

 

 その後もAちゃんとはきょうだいのようにお互いの家を行き来し、

仲良くしていた。

 

 今振り返ってあの夏休み、私は物の怪につかれたようだった。

ただ、プライドだけで動いていたのではないか、

優等生と周りから言われていたが、自分の中には劣等感があった。

 優しく、甘やかしてくれた無学の祖父母を

私は情けないと思っていた。

自分の考えや社会で起こっている出来事を教えて欲しい、

姉や兄のような存在が欲しかった。

 

 Aちゃんはそれをすべて持っていた。

その上Aちゃんに成績でも追い越されそうだったのだ。

 ただ、私の意地が暑い野山をかけ巡らしていた。

 

 今だに昆虫には興味もないし、好きでもない。

意地だけでは、やり抜く力にはつながらない。

 3日坊主の私だ。

 

 今月のふみサロの課題本「GRIT」やり抜く力

がテーマでした。