あの子の街(クラブセブン)14 | えみゆきのブログ

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涼風真世さんのファンです。
パロディ小説を書いています

「あっ!」

パックの頭に、流れ込んできました。

蘭子さんが、すずめさんが、クリエが。ルドルフもウィスキーのお姉さんも、バレーの高校生も、タカラヅカドレスの人も、あの子の中から流れてきたのです。


「皆、君だったんだ」

パックはわかりました。

地震が起きた時、舞台の稽古の真っ最中でした。それからは故郷とそこにいる愛する人たちが心配で、気が狂いそうになっていたのです。

テレビでみた津波に押し流されていく街。燃えた学校。

涙が止まりません。

でも、公演はもうすぐです。心の中に閉じ込めて仕事のことだけに集中しようと決めたのです。


明るく楽しいショー。たくさんの歌を歌い、たくさんの人を演じ分けなければなりません。それに、久しぶりのダンスもあるのですから。


でも、心は違っていたのでしょう。

舞台に全身全霊を注ぎこみ、自分の故郷への心を封印したのですが、どうしても心配だったのです。その結果、舞台の役の心が故郷に来てしまったのです。

役に立ちたい。助けたい。共に泣きたい。励ましたい。いろんな気持ちが、舞台のキャラクターの姿をして、この街にきていたのです。


パックは、思わず横にいる人を抱きしめました。

細い体が、一層細くなっていました。痩せていました。痩せた理由も抱きしめた瞬間、パックはわかりました。

舞台に毎日立って、とても評判はよかったようです。観客は笑い泣き酔いしれていたのでしょう。でも、この街に来てしまった心の分まで、とてもエネルギーを使っていたのです。公演が始まって間もなく、熱が出て下がることはなかったのです。そのエネルギーが体の負担になっていました。


パックは立ち上がりました。

大きな瞳をまっすぐに街に向け、全身で衝撃に耐えているこの子に、パックは何をしてあげられるのでしょう。


その時、歌が聞こえてきましたア~ア~、ア~ア。ハミングです。背後の森からでした。見ると黒い髪の黒いドレスの人とシルバーのショートヘアーの白いドレスの人が歌っています。

あの黒い歌と白い歌を歌っていた人たちです。

この二人もあの子だったのだと、今はわかります。

パックはうなづきました。

このコーラスなら、この歌しかない。人間の心に寄り添っていたあなたたち、そうでしょう。

パックは森の上に浮かぶ二人に呼びかけました。


そして、手を差し伸べました。

「かなめさん、僕は歌います。君にきっと聞こえると信じて」


「この森で、僕は生まれ」

パックは歌いました。森の歌を!

二人で遊んだことを思い出してほしくて。この森をずっと忘れないでいてほしくて。


途中からあの子も歌います。もちろん、頭の中でですが。パックに合わせて歌います。

「この森で君は育った」

たくさんの声が聞こえてきました。

蘭子さんもすずめさんも、みんな、いつの間にか来ていて、パックの歌のコーラスをしてくれています。

目の前の人から、出てきたのです。

パックとみんなは、森の上に浮かびました。あの子は立ちあがり、街を見つめていました。

「グリーン・エバーグリーン、グリーンラバーズ・グリーン」



歌っているうちに、パックは奇妙な感覚にとらわれてきました。

森のではなく、この街の歌のような気がしてきたのです。

この街で生まれ、この街で育ち、遊び、恋をして働いているすべてのひとに語りかける歌に!

「イシノマキ・エバーイシノマキ、イシノマキラバーズ・イシノマキ」

最後はこう繰り返していたようです。


歌は音のない歌として、流れて行きます。

街の人たちは床下の泥だしの手を止めて、ふくらんだ畳を運ぶ人は畳をおいて、公園を見上げます。仮設住宅ではふと井戸端会議がやみました。ブルトーザーもエンジンを切りました。

何かが聞こえてきた気がしたのです。公園の森の方から。

それは、ほんのひと時でしたが、人々は少し、心が強くなった気がしました。


それは、あの子もでした。

「この街は永遠。そして、この街を愛していこう」

夕日を見ながら、あの子はそう思いました。


後ろを振り向きました。誰かがいる・・・。森の中に・・・。

誰もいないのはわかっていました。そんな気がしただけですから。

ただ・・・、森から優しい風が吹いてきただけでした。


「どうだった、パック。人間は右往左往しておっただろう」

「はいオベロン様。とってもひどい壊れ方でしたから。生き残った人も心が壊れそうなほどでした。でも、支え合って前に進もうとしてます」

「それで、声なき声は聞こえた?」

「タイティーニア・・・さま。耳を覆いたくなるほど怒りや嘆きや・・・罪の意識が・・・。でも、聞こえてきた歌でだいぶ楽になりましたが」

「罪の意識・・・。それがわかったの。寄り添う歌も聞こえてきたなら、あなたは合格です」

妖精の女王が、微笑みました。

「合格・・・て、何かの試験?」


パックにはわかりません。あの時、歌い終わった時、雷に打たれるのかと覚悟していたら、突然、ローラースケートが動き出し、この森に引き戻されたのです。

もっと、あの子といたかったのに。

パックは、ちょっと、いえ、おおいに不満です。


「パック、よく聞くのだ。つらい災害だが、わしたちはこれを次の王を決めるためのおまえの試練にした。極限の人間の心をどこまで理解できるかが課題だったが、おまえは合格した」

「それは・・・つまり、オベロン様の次の王様に僕がなるっていうこと」

「そうです、パック。ただし、後、200年は先と思うけれど。これからは、私たちの監視の下、厳しい訓練と教育が待っています。覚悟なさい」

タイティーニァ様の顔は美しく・・・恐ろしい。


「僕、・・・王様にならなくてもいいんだけど」

すっかり、怖気づいたパックにオベロン様がささやきました。

「大丈夫だ。わしでもなれたんだから」

それが聞こえていない彼の妻は、パックに命令しました。最初の訓練です。

「もうすぐ、ミッドサマーイブがきます。また、ひとり妖精が生まれます。いいことパック、その時の歌と振付を考えて妖精たちに教えるのです。皆を指揮し、まとめるのです。そのために強制的に帰させたのですから。できますか?歌だけではないのよ」


「それなら、できると思います。今回はダンスもたくさんあったから」

あの子と一心同体のパックは答えました。

クラブセブン。でしたからね。


      終わり



あとがき

今回は、書いても書いても納得いかず、何度書きなおしたことでしょう。

被災地のニュースを聞くたびに、あまりのつらい現実に「違う」と思ったのです。私などが書くこと自体、間違っているとも。

でも、どんな仕事もどんな趣味も今年はこの現実を避けられない。稚拙でも私なりにみつめようと思いました。

そして、奈良のコンサートでの言葉、会報の日記で、行き詰っていたこのお話が前に進み始めました。

それでも、かなめさんが登場してからは、苦しかったです。ご本人の気持ちになろうとすると、息がつまりそうでした。

かなめさんは強い方です。

最後まで読んで下さりありがとうございました。