街は少しずつ変化し、人々は少しずつ暮らしを取り戻し始めました。
「ファイト!」「オー!」
高校生たちが、昼下がり、ランニングしています。部活動でしょう。コーチの後ろを二列になって、女子高生たちが白いTシャツ姿で走っています。
街の人たちが笑顔で見送っていました。中には「頑張れよ」と声をかける人もいます。
「ハ~イ」
と走りながら返事をする彼女たち。
ただ・・・、いつもと違うのは道の両脇はがれきの山ということでしょう。
それと、何か変です。
「なんてかっこしてるんだ」
パックの後ろで男の人が叫びました。
「ジャージの上に短パンはいてるぞ」
パックは激しく首を縦に振りました。そう、黒いジャージの上に赤い・・・あれは短パンじゃなくて、ブ、ブ、マー・・・?
「あんた、あれはブルマーって言うの。バレー女子のユニフォームだよ。もちろん、ジャージの上に履くもんじゃないけれど・・・。これには訳があるんだよ」
女の人が教えています。パックも耳をすませました。
「あの高校は県大会で優勝したんだよ。もう街中大騒ぎさ。なんせ、春の高校バレー全国大会に出られるんだよ。テレビに映るんだよ。皆、大喜びしたもんさ。毎日毎日、猛練習してたの、この街の人たちは、知ってたからね」
「それで、どうせ1回戦で負けたんだろう」
「それなら、どんなに良かったか・・・。中止になったんだよ。どの競技も全部中止!甲子園以外はね。おまけに・・・キャプテンの子が亡くなって・・・。兄弟と一緒に流されちまったんだよ」
「・・・そうか。それは・・・気の毒に」
「気を取り直して練習再開しようにも、高校の体育館は避難所にになってるし・・・。こんなときにバレーなんてしていいのかって思ったそうだよ」
「ああ、誰もがそう思う・・・。復興に直接、関係ないことは全部・・・そう思う」
男の人は下を向いてつぶやきました。
「それに、家を流された子、親を亡くした子もいてね、もう、今年はあきらめようとしたんだけど・・・。キャプテンが見つかった時、ユニフォームを・・・あのブルマーをしっかり握っていたんだって。それから、みんな、ああやって、ブルマーをいつも履いて、くじけちゃいけないと言い聞かせているそうだよ」
男の人は、もう、小さくなったバレー部の列に叫びました。
「がんばれよ!まけるなよ!俺たちがついてるぞ」
その声は届いたようです。列の最後の女の子が走りながら振り返って手を振っています。そしてパックに笑いかけたように見えました。
パックは、その女の子になんとなく惹かれて、後を追いました。
やがて高台の公園に着いたバレー部は、練習を始めました。
コーチは厳しく、部員たちは息を切らしながらボールに飛びついて行きます。
パックが気になっていた女の子は長い髪をふたつに縛り、大きな目をキラキラさせていました。
「あっ」
ボールがパックの方に飛んできました。思わず、パスしようとしましたが、ボールはパックの腕を通り過ぎて、地面を転がって行きました。
そうです。今のパックには、物に触ることができないし、姿も見えない・・・はずなのですが・・・。
「あら、すり抜けた!」
あの女の子がパックに話しかけました。ボールを拾いに来たようです。
「僕が見えるの」
「ええ、さあ『ダンゴ』。皆のところに帰してあげるわ」
女の子はボールを拾うと、仲間に放り投げました。
「ダンゴってボールのこと?ボールに名前がついているの」
女の子は少しの間、返事をしませんでした。高台から街を見つめます。いえ、壊れた街を。
「キャプテンのあだ名だったの。丸顔でおダンゴが好きで、名前が「たいこ」だったから、皆・・・、コーチもそう呼んでたの」
「その人・・・亡くなった人ですね」
「うん、あの日、ダンゴは弟が熱をだしていたので練習に出ないで早く帰ったのよ。地震の後、心配したダンゴのお姉さんが家に向かったそうだけど・・・。ダンゴと弟は、この前、見つかった・・・。でもお姉さんはまだ、行方不明・・・。コーチの婚約者だったのに」
長い顔を真っ赤にしながら、コーチは大声で指示をだしています。ちょと、厳しすぎると思っていましたが・・・
「コーチ・・・悲しいんでしょうね」
「そうだと思うの。でも、コーチが言ったわ。「ボールをダンゴと思おう。一緒に練習して、必ず全国大会に連れて行こうって」
女の子がそう言い終わった時、歌が聞こえてきました。
「苦しく立って~。悲しくたって~」
バレー部員が座り込んで歌っています。もう、体力は限界のようです。
「コートの中では平気なの~」
女の子も歌いながら、皆の所に戻っていきます。
コーチも歌い始めました。
「串に刺さったダンゴ~」
大切にボールを頭につけて、彼は別の歌を歌っています。真剣な顔をして一生懸命に歌っています。
「ダンゴ三兄弟~」きっと、婚約者の3人姉弟を想っているのでしょう。パックの目にはボールの反対側に男の子も見えてきました。コーチの心の中の姉、ボールのダンゴ、そして霊となった弟が串団子のように一列に揃っている・・・。
それにしてもまったく、別々の歌なのに、合っています。なんというハーモニーでしょう。
とっても、おかしくて、そして哀しい二重唱でしょう。
パックは笑いながら、涙が出てきました。
「さあ、戻るぞ!」
歌い終わった部員たちはコーチの声で立ちあがり、並びました。
でも、あの女の子は、パックに向かって、手を振りました。
「耳のとがった可愛い坊や、またね」
パックも手を振ります。でもなんと声をかけていいのかわかりません。「がんばって」はいえません。がんばっているから。「頑張らないでもいいよ」も言えません。こんなにがんばっているのに失礼です。
「またね」
パックはそう叫びました。女の子は嬉しそうに、もう一度手を振ります。
「ヴァルトシュッテンテン男爵夫人、遅れるな!」
「はい、『夜空に~』」
女の子は歌いながら、走って行きました。
あの子の名前は男爵夫人・・・なのでしょうか。
ひとり残ったパックは公園の片隅で街を、眺めました。
やはり、怒りや悲しみ、罪の意識はあの海の波のように何度も、人々の心を襲っているようです。
ずっとずっと消えない苦しみ。
パックは監督やコーチの顔を思い出しました。慰めでは届かない彼らの悲しみ、せつなさ、怒りヴァルトシュテッテン・・・。
でも、あの歌が聞こえてきました。共に苦しむ黒い歌が。山の中に黒い影があります。そこから歌は聞こえてくる・・・。
一瞬、その黒い影が人間に見えました。黒い髪に白い顔・・・。いえ、陽があたってきらめいた木の葉たちでしょう。
でもパックには、美しい女の人に見えました。目に光をたたえた女の人に・・・。続く