密教2 | 獨と玖人の舌先三寸

密教2

◎日本密教――
密教が初めて紹介されたのは、唐から帰国した最澄(伝教大師)によるものです。当時の皇族や貴族は、最澄が本格的に修学した天台教学よりも、むしろ現世利益も重視する密教、あるいは来世での極楽浄土への生まれ変わりを約束する浄土教(念仏)に関心を寄せていました。(奈良仏教にも飽きていました。)
天台教学が主であった最澄は、密教を本格的に修学していません。(天台教学は妙法蓮華経(法華経)を根本経典とする大乗仏教の宗派のひとつです。)
本格的に紹介されることになるのは、唐における密教の拠点であった青龍寺において密教を本格的に修学した空海(弘法大師)が、806年に帰国してからです。
あるいは、空海に後れをとるまいと唐に留学し密教を学んだ円行、円仁(慈覚大師)、恵運、円珍(智証大師)、宗叡らとも捉えられるかもしれません。
日本に伝わったのは中期密教で、唐代には儒教の影響も強かったため、後期密教(タントラ仏教)は性道徳に反するとして唐では受けいれられなかったという解釈があります。


◎密教の宗派――
日本密教の伝統的な宗派としては、
空海が唐の青龍寺恵果に受法して請来し、真言密教として体系付けた“真言宗”(東密。密教専修)と、
最澄によって創始され、円仁、円珍、安然らによって完成された日本天台宗(台密。天台・密教・戒律・禅の四宗相承)とに分類されます。
東密とは“東寺(教王護国寺)の密教”、台密は“天台密教”の俗称です。体系的に請来された東密、台密を純密というのに対し、純密以前に断片的に請来され信仰された密教を雑密(初期密教)といいます。
日本密教は、霊山を神聖視する在来の山岳信仰と結びつき、修験道などのちの神仏習合の主体ともなりました。各地の寺院・権現に伝わる山岳曼荼羅には、両方の要素や浄土信仰の影響が認められています。

両密教を区別する相違点のひとつは本尊です。
東密は大日如来。
台密は釈迦如来(久遠実成)。