わりと最近の作品。本作品のタイトル『STRAY DOG』はここでは迷子の犬という意味合いで用いている。特に何も起こらないがどことなくホッとするような作品。
僕はいつもよりちょっと遠くの公園まで散歩して、マーくんと逸れてしまった。マーくんは僕の飼い主で、僕はマーくんの飼い犬。人間の世界ではフォックスハウンドと呼ばれる犬種で、もともとはキツネ狩りのための猟犬だったらしい。マーくんから僕は『レオ』という名前で呼ばれていて、『レオ』はフランス語でライオンという意味らしい。
マーくんは人間の世界でいうところの小学校という施設につい最近通い始めたばかりで、なんでも一人でやりたがるようになってきた。おつかいとか僕の散歩とか――。
そして僕はこの様だ。マーくんは「ちょっと友達と遊んでくる」と言って僕のリードを近くの電柱に括り付けたまま帰ってこない。きっと僕をどこへ置いてきたのかわからなくなったのだろう。僕だって結構待ったさ。散歩中によく見かける犬友が何回も僕の横を通り過ぎていったし、マーくんよりも小さい子どもたちからなでなでもされた。でも、さすがに日が沈んであたりが真っ暗になったからたまったもんじゃない。
僕は仕方なく電柱に括り付けられたリードを自力ではずして歩き始めた。人間の子どもが括り付けたリードだ。外すのくらいは容易かった。
僕はしぶしぶもと来た道を歩き始めた。僕はこの場所に来たのは初めてじゃない。だからなんとなく道はわかる。でも、この道をひとりぼっちで歩くのは初めてだ。今の僕は怖いというよりも淋しくてたまらない。行き道はあっという間だったのに今はほんの少しの距離でもとても長く感じる。
そういえば今日、マーくんと散歩の途中で追いかけっこしたっけ。昔はマーくんは走るのが今よりもずっと遅くて手加減してやっていたのに、今は本気を出さないとかなり厳しい。マーくんが成長したのか、年をとって僕の体力が落ちたのか――。
ああ、ちゃんとマーくんは家に帰っているかな? 僕のことをきっと心配しているだろうな? 僕はあれこれマーくんのことを考えながら一歩ずつ一歩ずつもときた道を辿っていった。
そしたら家までもう少しというところでポツリポツリと雨が降ってきた。一瞬、ダッシュで家まで走り抜くことも考えたが、この辺は道が狭くて交通事故も多い。もし僕がここで走ったとして、無事に家に帰り着けたらいいが、万が一事故にでも遭ってしまうようなことがあれば、マーくんを悲しませてしまう。僕は、焦る気持ちを抑え、近くの民家の軒下で雨宿りすることにした。
雨が降らなければ今頃マーくんに逢えていただろうな。僕はそんなことを思いながら雨があがるのを待った。待っているあいだ、会社や学校の帰りだろうか、数人の人々が僕の前を通り過ぎた。傘を差しながらケータイの画面とにらめっこするサラリーマン、傘も差さずにがやがや話を弾ませる学生たち――。
「あっ、あれ!」
突然どこかで聞いたことのある声がした。そしてそれが誰の声だか僕にはすぐわかった。
「おばあちゃん、レオ、レオがいたよ!」
マーくんがおばあちゃんと、僕を探しに来てくれたのだ。
「レオ、ごめんね。一緒に帰ろう」
マーくんの言葉に僕はクゥンと返事をした。帰り道、マーくんは黄色い合羽に紺の雨靴を履いてわざと水溜まりに入ったり泥んこの上を歩いたりした。そんな中でも僕のリードはずっと離さずにいた。おばあちゃんはそれを温かい目で見守り、さりげなく傘を差して僕が雨に濡れないように気遣ってくれた。
僕は、ひとりぼっちの時は辛くて早く家に帰りたかったけど今は――、マーくんと一緒の今はもう少し家までの距離があったらなと思った。