Ellieのブログ

漫画(山岸凉子)、映画、その他に関する雑文置いてます。


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この作品は、髪を金髪に染め、フリフリのドレスを着たゴスロリ風の格好の主人公・響子、30歳が、空港のロビーを奇声を上げながら徘徊する場面で始まっている。今の時代なら、30歳ぐらいの女の人がそんな格好で街を歩いていても、特に都会なら誰も気にも留めないかもしれないが、この作品が描かれたのは20年以上前である。80年代の日本なら、例え奇声を上げていなくても、30歳ぐらいの女性が金髪でゴスロリ風のファッションをしていたら、それだけで狂気を感じさせていたと思う。
響子は、男尊女卑で、世間体を重んじ、しかも性に関して異常なほど古風な父親と、昔風の従順な母親の元に育つ。あどけない小学生である彼女は、何の悪気もなく「イヌフグリ」という花の名前を口にして、父親から「女の子がそんな言葉を口にするんじゃない!」と怒鳴りつけられる。ちなみに、「天人唐草」とはイヌフグリの別名らしいが、小学生のころは植物好きで花の名前を覚えるのに熱中したことのある私も、あの青紫で可愛らしい花に関してそんな別名は聞いたこともなかった。植物図鑑にもイヌフグリという名前しかなかった。無邪気な小学生の娘が、イヌフグリをイヌフグリと読んで何が悪いのか?そんなことで、はしたないの何だのと切れてわめく父親の方がよほどいやらしく、屈折しているんじゃないか、と、読者である私たちがいくら叫ぼうとも、響子にはもちろん通じない。
天真爛漫だった彼女は、やがて父親の目を異常なほど気にする、神経質な娘に育っていく。 彼女が例えば飯島愛のような性格であれば、そんな父親に反抗して不良になるとかいう道もあっただろうが、あいにく彼女は、地方の権力者である父親のことを畏れながらも敬愛し、自慢の父親と思い込んでいる。大人になっても響子の自我は成長のないまま、相変わらず父親に良い娘と思われることが人生のプライオリティになってしまっている。そして、男性の前では意識しすぎて自然に振る舞うことができず、誤解され、ますます不自然な態度しか取れなくなっていくという袋小路に陥っている。父親とか男以外に、例えばやりたいこととか、興味のあることとか、何かないんだろうか、そうすれば視野も広がるのに、と言いたくもなるが、彼女は多分、あまりに自我が抑制されて来たためにそんな余裕すらないのだろうと思う。
そのうち母が亡くなり、その後父も急死する。あろうことか、貞淑な母とは全く違うタイプの、男好きのする崩れた雰囲気の愛人女性宅でである。父親の望む貞淑で控えめな女性になるべく努力し続けて来た響子は、もし父が本心ではこの愛人のような奔放な女性を望んでいたのだとすれば、自分の女としてのアイデンティティはいったいどうなるのか、と混乱する。そんなとき、彼女はあろうことか通りすがりの男に性的暴行を受けてしまう。
このような出来事全ての結果として、冒頭に出て来た、金髪ゴスロリ、精神に異常をきたした響子ができあがってしまうのである。
この響子に対して、 大人になっても親の歪んだ価値観から抜け出すことのできなかった愚かな女性であると言うことは簡単だ。だが、もし自分自身が響子の立場に立ってみたらどうだろうか。物心つかないころから、子供にとっては絶対的な存在である親、しかも、世間では立派な人物と言われている親に、繰り返し繰り返し吹き込まれて来た価値観から自分を解き放つのには、よほどの智恵と勇気と勢いがいっただろう。もしかしたら、解き放つ代わりに大きな代償を払ったかもしれない。まあ、それでも金髪、ゴスロリ、奇声の結末になってしまうよりはよかったのだろうが。
この短編の結末は、金髪ゴスロリ奇声の響子が「彼女はやっと解放された、狂気という檻の中で」と締められている。まさに髪の毛ほどの救いもないような結末の描き方になっている。ただ、私は、本当に救いのないのは、精神に異常を来した響子よりも、彼女をそこまで追いつめた愚かで対面ばかり気にする小心者の父親、それに対して何のフォローもできなかった母親、そして妻子持ちと知っていながら10年間ものうのうと愛人の座におさまっていた女、そして、父親の死の知らせに憔悴しきった、弱々しく見える彼女を付け回して暴行を加えた卑劣な男ではないかと思う。それから、響子のような少女に対してなんのヘルプもできず、彼女が心を開けるような場を提供できなかった学校や社会も。
金髪ゴスロリで精神異常になっても、まだ道はある。精神に異常を来したら、病院に行って治療すればいい。医者にかかって、薬を飲んで、心理療法でもなんでも、受けられるものは全部受ければいい。こんな世の中だ。人間、生きてれば1回か2回ぐらい、頭がおかしくなることだってあるだろう。ひょっとしたら一生病院から出られず、回復もしないかもしれない。でも、もしかしたら、10年後でも20年後でも、半分でも1/3でも病気が回復するかもしれない。そうして回復したときに、イヌフグリを見て、「ああ綺麗だなあ、名前がどうのなんて別にどうでもいいことだ」みたいなことを、ふっと感じる瞬間があるかもしれない。
変な親なんてどうでもいいし、男なんて別にいてもいなくても大したことはない。そういう人たちにどう思われるか、なんてことを忘れさせるような、美しいものや愛らしいものたちに、もう一度響子が気づく瞬間があればいい、と願わずにはいられない。きれいなものや可愛らしいものを、ありのままに喜びをもって眺めることができる瞬間を取り戻して欲しい。天真爛漫だった幼い日の彼女のように。

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