2007年10月12日

虚無に飲み込まれた画家

テーマ:芸術家の紹介
ウィリアム・ウテルモーレン (William Utermohlen) は1933年、アメリカ・フィラデルフィアでドイツ人の家族に生まれました。18歳の時から6年間、ペンシルベニア州立美術アカデミーで勉強した後、ヨーロッパを訪れ、ロンドンに住み着きます。そこで1962年、美術史学者の女性と結婚しました。

イタリアの画風に影響を受けた彼の絵画は大きく3段階に分けられます。初期(1962年~63年)に神話的なモチーフを取り上げた後、イタリア人の詩人ダンテ・アリギエーリの代表作「神曲」の第三部「地獄篇」に感化された絵画に数年間、集中しました。


Sometimes with trumpets and sometimes with bells - Canto XXII


The Elder of Santa Zita - Canto XXI


An eye for an eye for all eternity - Canto XXVIII

1969年~70年はフィラデルフィアの新年パレード、1972年はヴェトナム戦争、1973年~74年はヌードのテーマに視点を向けます。


New Year's Morning


Liberty Clowns


Di Nero Comic Club

後期の1989年~91年は「会話」のテーマで、インテリア・デザインと人物の描写に集中しました。


Maida Vale

W.9.

Conversation


The Bed

しかし皮肉なことに、彼の名が知られるようになったのは、1995年、アルツハイマー病と診断されてからです。この頃から彼は主に自画像を描くようになり、病症が進行していく過程を痛々しいまで赤裸々に表現しました。彼が健康だった頃の自画像と比べてみると、彼の世界が傾いていき、遠近が歪み、細部の観察が消えていくのが手に取るように見えます。


1967年の自画像

以下の絵画は1996年から2000年までの期間に描かれました。彼の画法は徐々に荒っぽくなっていき、恐怖・悲しみ・怒りなどの心理状態をありのままに表しています。





脳病を患った芸術家の創造活動を調査している神経学者ブルース・ミラー医師によると、アルツハイマー病は脳内の右側頭葉に障害を起こし、空間認識能力を妨げるため、何かを頭の中で想像して、それをキャンバスに描くことが出来なくなるそうです。「絵画は抽象的になり、画像はぼやけ、曖昧になります。時々、美しく微妙な色使いになることもあります」


画家ウテルモーレンのノートを見ると、1996年にすでに自分の名前が書けなくなっていたことが分かります。つまり、その後の4年間、彼は自分の名前を絵の下に書けなかったにもかかわらず、自画像を描き続けていたのです。その忍耐力というか、執念には驚異的なものがあります。


現在74歳の彼は老人療養院に住み、絵画は全く行っていないとの事です。

彼の末期の絵の数々は悲しくもありますが、即興的で力強く、心の内を率直に表現した感動的な作品だと思います。
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コメント

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1 ■無題

考えさせられました。

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