1.長期間の信頼性確認結果
 
無線と実験誌の1993年の1月号で報告した、6080 SEPP OTLアンプは音質や性能で、ほぼ満足できるレベルのアンプになったのですが、本報告はその後の信頼性の確認結果とその後の改造に関するものです。
6080を使用したOTL アンプは、色々な人が製作していると思いますが、トラブルが多く皆さん苦労をしてきたものと思われます。私の製作したアンプも例外なく色々なトラブルに見舞われました。
 
詳しくは無線と実験1993年1月号に記載しましたが、
 
①最大出力時の出力管の動作条件が最大定格を大幅に超えた使い方
②AC100Vの電圧変動によって出力段の電源電圧が変動してアイドリング電流が変化し、特定の出力管に電流が集中する、
③低域のスタガー比が不足しているアンプに過剰な負帰還をかけると出力管グリッド部のCRで過度現象が発生して過大電流が流れる
④真空管自体にグリッド電流が流れ易く熱暴走し易いものがある
 
等と推定して、考えられる対策をすべて盛り込んだのが1993年1月号で報告した回路でした。1993年1月号の記事では10年間程度ノントラブルが信頼性の目標と書いていましたが、20年以上経った今振り返って見ると、この信頼性に関する目標は完全に達成出来ました。今までの回路では出力段の突然のトラブル発生が10年間で6~7回ありましたが、1993年に発表した対策をしてからは、この突然のトラブルは一切発生しなくなりました。
 
やはり1993年1月号で採用した種々の対策、特に低Rpの3極管OTLアンプの電源環境を、半導体の力を借りて安定化する方策は有効であったと思っています。この為、6080の故障に備えて、沢山買い置きしておいた真空管の出番が来なくて、何か違う使い方を検討しなければならないと思っています。
 
2.打消し回路の見直し
この6080 SEPP OTL アンプは学生時代に最初の製作をして、その後少しずつ改造をしてきたため、打消し回路の電解コンデンサ(日本ケミコンのチューブラタイプ)やドライブ段と出力段の結合コンデンサ等の部品は20~30年近く経過して、相当古くなっていました。2000年頃に古くなった部品の交換をするため、打消し回路の電解コンデンサをかねてより購入しておいた、エルナーセラファインの電解コンデンサに交換したところ、予想外の音質劣化となってしまいました。音に活気がなくなって、とても聞いていられない音に変化してしまったのでした。エージングで問題解決出来ないかと時間をかけてみたのですが、一向に改善しそうにありませんでした。打消し回路の電解コンデンサの変更でここまで音質が変化するとは全く予想外のことでした。
 
ここでの解決策は2通りあり、音の良い電解コンデンサを色々探すか、電解コンデンサを無くして、直結タイプの打消し回路にするかです。考えた結果、この際電解コンデンサを廃止して直結タイプの打消し回路に改造することにしました。ドライブ段の差動増幅回路の共通カソード抵抗の代わりに真空管を置き、その真空管のカソードに打消し信号を入れる回路は宮崎良三郎氏が過去に製作例を発表していますが、その宮崎氏の打消し回路を採用した例を図1に示します。
       
     
 
      図1.宮崎氏が発表した打消し回路を採用した例
 
この打消し回路ではドライブ段の差動増幅回路のカソード電流を打消し回路の真空管で受けるので、通常5W~10W程度のプレート損失のある5極管が使われます。この回路は出力端子に少しDC漏れが起きる弱点があります。私のアンプでは、今までに報告されていない打消し回路を採用することにしました。
 
2000年頃に自宅にパソコンを購入し、Circuit Makerのシミュレーションソフトの導入によって、アンプの設計環境が大きく変わり始めました。Circuit Makerでは真空管のSpiceモデルが少なかった為、6080 SEPP OTL アンプのシミュレーションは、出来ませんでしたが、イコライザアンプ等の簡易的なアンプのシミュレーションに使用していました。その後、黒田 徹さんがラジオ技術誌でSIMetrix のシミュレーションソフトの紹介と色々な真空管アンプについてのシミュレーション記事を連載するようになったことから、私もSIMetrixのソフトを導入致しました。そして、中林 歩さんが黒田さんと協力してSIMetrix用の真空管Spiceモデルを開発し、このモデルを使用すると20球程度までの回路のシミュレーションが出来るようになりました。これによって、自宅のパソコンで6080 SEPP OTLアンプのシミュレーションが出来るようになりました。
 
このSIMetrix のシミュレーションソフトを使って、コンデンサを使わない直結の打消し回路の検討を行いました。ドライブ段は5極管6CL6の差動増幅回路ですので、打消し信号を加える場所はプレート、スクリーングリッド、グリッド、カソードの4か所になります。具体的には色々な打消し回路を考えては、シミュレーションで打消し信号波形の確認や、アンプの歪率等を確認して行くわけですが、その中で比較的良い性能だったものを以下に示します。
 
   
図2.上側ドライブ管プレートに打消し      図3.下側のドライブ管に打消し
 
図2は従来良く使用されてきた、出力管の上側をドライブする真空管のプレートに打消し信号を加える方法で、ブートストラップとも言われていたものを直結化したものです。帰還信号は正帰還になります。図3は下側の出力管をドライブする真空管のプレートに、打消し信号を加える方法でドライブ電圧を小さくするもので、帰還信号は負帰還になります。
    
      図4. ドライブ段共通カソードに打消し信号印加
 
図4は出力信号を12AU7のカソードフォロアで受けて、ツェナーダイオードでレベルシフトして、ドライブ段の共通カソードに打消し信号を加えた回路です。いずれの回路もシミュレーションの結果、出力段を平衡ドライブすることが可能です。図4の回路以外は打消し回路がゲインを持っており、大出力時の打消し信号の歪率の点で不利になることが考えられます。ここで検討した打消し回路は、全て出力信号を真空管のグリッドで受ける回路なので、出力端子にDC漏れが起きる心配が無いという特徴があります。本アンプでは図4の回路を採用しました。
 
6080 OTL アンプのシャシー上には、打消し回路用真空管を追加できるスペースが無いので、シャシーの内側に追加の真空管を設置する必要があります。そこで打消し回路の真空管は、シャシー内の立てラグを利用して真空管のソケットをはんだ付けして、写真2に示すように横向きで取り付けています。
 
       
       写真2 打消し回路の12AU7
 
シミュレーションで検討した結果、ドライブ段の共通カソード抵抗は3kΩと低い為、打消し回路のカソードフォロアに使用する真空管は12AX7ではだめで、12AU7でもカソード抵抗が47kΩと大きいと打消しが上手くいかず、プレート電流を5mA以上流して、カソード抵抗が22kΩ~15kΩなら打消しが出来ることが確認できました。音質に大きく影響する12AU7のカソード抵抗は、デールの5Wタイプの無誘導巻線抵抗を使用しています。
 
 
図5 改造後の6080 SEPP OTL アンプ(シミュレーション回路)
 
今回の設計変更にあわせて古くなっていたドライブ段と出力段の結合コンデンサも変更しました。音質的に定評があるASCのポリプロピレンフイルムコンデンサにしたかったのですが、400V 耐圧しか入手できないので、本アンプには耐圧が不足します。代わりになりそうなコンデンサを色々調べた結果、Cornell Dubilier社の940Cポリプロピレンフイルムコンデンサ850V 0.47μFを採用することにしました。 このコンデンサは産業用(High dV/dt for Snubber Applications)で、ESRが7mΩと低く、ESL(インダクタンス)も22nHと小さく、ピーク電流は96Aも流せるものです。
 
このコンデンサは米国の電子部品を扱っているインターネットのサイトで購入しましたが、オーディオ用では無いので価格も比較的安く、ステレオアンプで16個も使用する本アンプにはちょうど良い選択でした。音質的にも素晴らしく、低域が良く出て、高域は癖の無い透明な音で、ASCのポリプロピレンフイルムコンデンサと比較すると、低周波から高周波まで一回り帯域が広い音が得られます。
 
               
      写真3 変更したCDE製フイルムコンデンサ