各紙で国会議員票は「前原氏優勢」の記事が出ている。とても嬉しいけれど、本当に大切なことは、地方議員、党員・サポーターも含めた、党関係者全体からどれくらいの支持を得られるかということだと思う。21日からお二人は全国行脚をされるのだろうけれど、党員・サポーターでよかった、民進党の議員でよかったとみんなが実感できるような真正面からの論戦を繰り広げてほしい。

 

そのなかで、僕の専門の観点から見て大切な、ぜひみんなで考えてほしい問題がある。それは「財源問題」だ。

 

写真を見て欲しい。僕の母校の画像。僕は小学校、中学校のキャンパスが自慢だった。広々としたグラウンド、厳かな校舎のたたずまい、どれをとっても市内のどの学校よりも立派だった(と思っている)。だから、子どもたちに母校の姿を一度見せたくて、一緒に学校を訪れた。

 

 

正直ビックリした。かつての趣きはどこへいったんだろう。グランドを見れば、真夏なのに芝生は枯れ、雑草だらけ。アスファルトはあちこちが陥没していた。

 

なぜこんなことが起きたのか。

 

僕の学校は国立大学の附属校だった。小泉政権期に「運営費交付金」が毎年削減されることが決まった。そして、大学の経営がじわじわと逼迫していった結果、附属校には予算が回らなくなったのだ。

 

ある人と話をしていて、こんな話になった。思い出して欲しい。僕たちが子どものとき、教室にはオルガンがあり、テレビがあり、(僕の母校の場合)スチームという全館暖房器具があった。それは、僕の前の世代の子どもたちの時代に、楽器のない家庭、テレビのない家庭、暖房器具のない家庭があったからこそ、子どもたちを大事にし、等しい学びの環境を整えるべく、まっさきにこれらの設備を子どもたちに提供していったからだ。

 

ところがどうだ。子どもたちが安心して学べる校舎、全力で駆け回れるグラウンド、それどころか給食のお金すら、いまの僕たちの社会は惜しんでいる。技術革新に最後の望みを託し、ICTの重要性がこれほど叫ばれる社会なら、例えば、真っ先に子どもたちにタブレット端末を提供するくらいのことをやったっていいじゃないか。それとてしょせんは器や道具の話だ。本当に大切なことは、そのうえで子どもたちの教育の質を高めるために全力を尽くすことのはずだ。それが社会の温もり、寛容さであり、何より最重要の国家戦略じゃないのか。

 

幼き者、声なき者への扱い、態度でその社会の質がわかる。このままでは日本はどこからも尊敬されない国になる。子どもたちが安心して生きていけない社会になる。少なくとも僕はそう確信した。この社会を愛する一人の人間として、この社会で生きていく一人の人間として、こんなに悲しいことはない。

 

政府が信頼できないから税を払いたくないという人がいる。だが、税を愛する人なんていない。「払いたくない理由」に知恵を使うのはもうそろそろ終わりにしないか?そうじゃなくて、せめて「払わないことによってどんな素晴らしい社会がやってくるのか」をちゃんと考え、説明してほしい。それが大人の責任だ。そうしなければ僕の母校が変わったように、この社会も変わり果てるに違いない。

 

学校関係者や子どもたちの名誉のために急いで付け加えておくと、僕の母校のみなさんは寄付でグラウンドを改修する決断をした。みなで痛みを分かち合いながら、子どもたちが学べる環境を整備するという決断をした。これができる僕の学校は幸福なんだと思う。だが、同じような問題は、全国のあちこちで起きつつある。

 

もちろん「借金で全国の学校をきれいにする」という代替案はありうる。だが、もう一度、みなさんに問いたい。財政破たんなどおかまいなしで、個々人が痛みから逃れるために借金を重ね、人気取りで金をばらまく社会をめざすのか。子どもの未来という共通の目標のために仲間どうしが痛みを分かち合う社会をめざすのか。いったいどっちなのだろう。

 

僕たちの「人間力」が問われている。

 

経済が成長した時代、それは黙っていても収入が増え、税が増え、子どもたちへの分配ができた時代だ。だが、もうそんな時代は終わった。僕たちの生活はしんどくなっている。それでもなお、子どもたちの未来のために痛みを分かち合う、そんな人間の顔をした、温もりのある社会をめざすべきではないだろうか。問われているのは「経済効果」ではない。どんな社会を作りたいのかという一人ひとりの「意志」だ。

 

本当は「税=痛み」と考えるのは正しくない。税を払えば、生活の不安、未来への不安が解消される。この点はまた別の機会に話をしよう。ここで確認しておきたいのは、前原さんの「税を取られるものから安心を買うものへ」というメッセージは、まさにこうした「社会像を問う問題提起」だということだ。

 

政治家が「財源論」を語るのは自殺行為に等しい。「税」を語れば選挙で負ける、そんなことは常識だ。だが、前原さんは自らの退路を断って「社会のあるべき姿」を訴えている。これに枝野さんも真っ向から論戦を挑んでくれるものと期待している。願わくば「増税か、借金か」ではなく、「税を何に使い、どんな社会をめざすのか」の闘いであってほしい。そうすれば自民党との対抗軸もおのずと見えてくるはずだ。

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