一線を超えるということ

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民進党の党大会以来、いろんな方から激励のことばをもらうようになったのね。それは、とてもありがたいことだし、正直、最初は浮かれてもいたんだけどね。最近、なんだか特別扱いされてるようで、居心地の悪さっていうか、居たたまれなさを感じるようになってきた。僕は、党大会「演説」の冒頭、今回招待されたこと、あの場に登壇したことを「学者として恥ずかしいことだ」と言った。この想いはいまでもまったく変わらない。今回はこのことをもう一度確認しておきたいと思う。

 

色んなところから取材を受け、色んな方から色んな質問を受ける。そして、みなさん「学者としての一線を超える」という僕の決意を褒めてくださる。ありがたいことだよね。こんなにも大勢の方が僕に関心を持ってくださることじたい、嬉しいを通りこして、不思議で仕方ない、どっちかというと申し訳ないというのが率直な気持ち。

 

でも同じくらい、誤解されてるなぁと感じることも多い。僕にとって「学者としての一線を超える」というのは政治運動に身を委ねるということじゃない。民進党を支えるために発言するということでも、民進党の勝利、政権奪取のために発言するということでもないんだよね。

 

僕は、自分が正しいと信じていること以外、発言する気はない。民進党を正当化するために、勝たせるために発言する気もない。僕は、いまある選択肢だけでは、みんなが幸せになり、未来への不安から解き放たれることはないと思っている。だからこそ、20年かけて自分がたどり着いた知見にしたがって、あるべき社会の姿、新しい選択肢の可能性を語り続けたいと思っている。きっと生意気に聞こえるだろうけど、民進党のみなさんが拠って立つに値するような旗を立てたいと思っている。そのためには、反対に、民進党のみなさんを説得しなければいけないのであって、自分の主張を曲げるくらいだったら、僕は発言を止める。

 

悩みがあるのはここなのね。いくら、こんな決意を語っても、世間は絶対にそういう目では見てくれない。民進党の内部に入り込み、そのなかでいくら自分の信念にしたがって発言をしていると言っても、世間は民進党のブレーン、御用学者として僕を見るに決っている。はっきり言って、それは仕方のないことだと思う。でも、こんなに悔しく、歯がゆいことはない。

 

そもそも僕はなんで学者になったのか。それは下げたくない頭を下げたくなかったからだ。もちろん、自分に非があるとき、愛する仲間が苦しんでいるとき、理由があれば僕だって頭を下げる。全身全霊で下げる。でも、その場しのぎのために何となく頭を下げる生き方はしたくなかった。

 

学部の四年生になるときのことだ。僕の家は母子家庭だったのだけど、母の仕事がうまくいかなくて、経済的な問題があって、大学院への進学はとても言い出せないような状況だった。でも、僕は、就職はどうしても嫌だった。自由に発言できる道を選びたかった。悩みに悩んで母に思いを打ち明けたとき、母は僕にこう言ったのね。「自分の生きたかごつ生きんね。なりたか人にならんね」って。頭を下げたくないと言えば、感じわるいよね。でも、僕は突っ張って生きてきた。色んな「価値」や「押しつけ」から自由に生きてきた。だってそうじゃなきゃ、お金の不安に押しつぶされそうになりながら僕の背中を押してくれた母に、その勇気に、申し開きができないもの。

 

そんな僕にとって、特定の政治家のために、特定の政党のために発言をしていると思われることは屈辱的なことだったんだよね。でも、世間は間違いなく僕をそういう目で見るじゃない?さあ、どうする。本当に悩んだよね。

 

人間は愛する人たちから愛されたくて生きている。尊敬する人たちから尊敬されたくて生きている。でも、政治に関わるということは、恩師、研究者仲間、教え子たち、大切な人たちから失望されるかもしれない。自分の生き方、仲間からの信頼、そんなものを犠牲にしてまで発言するのか。悩んで、悩んで、そしてとうとうその線を超えることを決めた。恥をしのんででも発言すると決めた。これが僕にとって「学者としての一線を超える」ということばの意味だった。

 

でもね。僕は世の中を「僕が理想だと思う社会」に変えようとは思わないのね。僕の好きな選択肢を選んでもらおうとも思わない。だから、僕はデモに参加したことも、運動に加わったことも、一度もない。自分の好きな世界に変えようとする努力は、とても大切なこと。デモや運動を否定する気はまったくないし、そのなかで闘う人たちのことを心から尊敬している。ただ、うまくいえないけれど、価値から自由に生きて行きたかった僕にとって、自分の好き嫌いを人に押しつけることは怖くてできなかった。そんな自信も、勇気も僕にはなかった。

 

僕に何がきるんだろう。そう考えたとき、僕は、新しい選択肢を増やしたいと思った。いや、新しい選択肢が増やせるんだということを若い人たちに体を張って見せたいと思った。これは僕の闘いだ。だれかのためのではない。僕自身の闘いだ。今ある選択肢のなかで、賛成、反対でぶつかりあうのではない。より多くの選択肢のなかから、自由に選べる状況が整ったのなら、もしみんなが昔からある選択肢を選んだとしても、僕の一番気に入らない選択肢を選んだとしても、僕はそれを受け入れたいと思う。この国でともに生きる人たちの決定、決断と寄り添い、たとえ衰退の道であれ運命をともにするのが民主主義だからだ。

 

誤解しないで欲しい。ただ、だまって、他者に決断を委ねるんじゃない。座して死を待つのではない。

 

いまある選択肢のなかからしか選べない、あえていえば、「この道しかない」という主張、そんな「状況」を受け入れるしかないとするならば、それが一番おかしいということだ。僕たちは「状況に対する責任」を負っている。この閉塞した社会は、特定の世代、特定のだれかが作ったものではない。このような「状況」を作り出した責任は、民主主義のもとでは、すべての人間にあると思っている。だから僕はその責任を負う。だからこそ、僕には、みんなには、「別の道がある」ことを示す義務があるんだと思っている。そして、より良い選択肢が生まれればきっと・・・僕は人間を信じている。

 

なぜ恥ずかしいのに発言するのか―—こんなことを釈明していることが一番恥ずかしいことだよね(笑)だから、もうこのブログでは、党大会の「思い出」を語ることはしません。民進党のみなさんも、僕の思想に関心を持ってくださるみなさんも、次のページを開いてください。さあ、あゆみを。未来を動かすことのできる社会に向かって。

 

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