Johann Sebastian Bach(ヨハン.ゼバスティアン.バッハ
1685-1750)による『マタイ受難曲』は新約聖書のマタイによる
福音書 (26-27章) のキリストの受難を題材にしており、聖句や
伴奏付き「レチタティーヴォ」「アリア」「コラール」により展開
された音楽作品。J.S バッハが生涯に創作した受難曲は合計4曲。
マタイ受難曲 (BWV244) ヨハネ受難曲 (BWV245) ルカ受難曲
(BWV246) マルコ受難曲 (BWV247) という構成です。

 

マタイ受難曲 (1727年) は教会音楽の代表作であり、大きく2部に
分けられて通常68曲から配列されています。『イエス』が捕まえら
れる場面までが第1部となり、第2部ではイエスが裁判にかけられて
『ユダ』が裏切りを悔いて自殺する。判決を言い渡されたイエスが
鞭打たれる局面では音楽的にも生々しく描かれており、やがて十字架
に架けられたイエスはヘブライ語で「Eli, eli, lama sabachthani
(神よ なぜ私を見捨てるのですか)」 と呟きながら息を引き取ります。

 

 

 

  

 

 

 

J.S バッハの死後、マタイ受難曲は長く忘れ去られた経緯があり、
やがて1829年に『Mendelssohn / メンデルスゾーン』によるマタイ
受難曲のベルリン公演が機転となり、再び世の中で評価されました。
彼はマタイ受難曲を「この世で最も偉大なキリスト教音楽である」
と称えては編曲しています。ライプツィヒの聖トーマス教会の初演
から、およそ100年後に起きた歴史的な出来事として語り継がれます。

 

音楽の聖書と呼ばれる J.S バッハらしい逸話としては、1部と2部の
合間に敢えて長い時間を設けては、聖書の受難に関する記述の説教
を聴衆に向けて行いました。J.S バッハの芸術音楽を深く理解する
為には、やはり聖書を紐解いて解釈する必要があります。J.S バッハ
の生きた時代は1685年から1750年。バロック音楽の最後尾に位置する
作曲家であり、後世に於いては西洋音楽の基礎を構築した音楽家
として評価され、日本の音楽教育では『音楽の父』と称されます。

 

 

 

     〈 マタイ受難曲  / J.Sバッハ 自筆譜 〉

 

  

 

 

 

〈第1部〉

 

イエスの自らの運命の予言 (第2-3曲)

祭司長らの会議 (第4a-4b曲)

ベタニヤの塗油 (第4c-6曲)

ユダの裏切り (第7-8曲)

最後の晩餐 (第9-13曲)

オリブ山でのイエスの一連の予言 (第14-20曲)

ゲッセマネの祈り (第21-26曲)

イエスの捕縛 (第26-28曲)

 

〈第2部〉

 

大祭司によるイエスの審問 (第31-37曲)

ペテロの否認 (第38-40曲)

ユダの自殺 (第41-43曲)

ピラトによるイエスの審問 (第43-52曲)

イエスへの嘲笑と十字架への道 (第53-57曲)

ゴルゴタの情景 (第58-60曲)

イエスの死 (第61-63曲)

イエスの埋葬 (第63-67曲)

 

 

〈 J.S.Bach  St Matthew Passion BWV 244 〉

 

 

 

アリアは3曲の例外を除いて、悲しみや嘆きの情念、苦悩などを
全域に及び表現しており、J.S バッハの時代では聴衆も共に4声体
のコラールを合唱したようで、各場面に相応しい詩と旋律を宿した
芸術作品が当時のドイツ文化に於いて網羅されていた事は驚異的。
若き頃の J.S バッハはオルガニストとして教会の仕事に携わり、
日曜と木曜の朝の礼拝では各2時間、更に月曜の臨時礼拝では
コラールの伴奏を担当。(まだピアノという楽器が存在しない時代)

以下、実際に聖句を引用しながら映像を用いて展開してみます。

 

 

イエスを殺す計略

 

イエスはこれらの言葉をすべて語り終えると、弟子たちに

言われた。「あなたがたも知っているとおり、二日後は過越祭

である。人の子は、十字架につけられるために引き渡される。」

 

(マタイによる福音書 26:1-2)

 

 

ベタニアで香油を注がれる

 

さて、イエスがベタニアで重い皮膚病の人シモンの家に

おられたとき、一人の女が、極めて高価な香油の入った石膏の

壺を持って近寄り、食事の席に着いておられるイエスの頭に

香油を注ぎかけた。 (マタイによる福音書 26:6-7)

 

この人はわたしの体に香油を注いで、わたしを葬る準備を

してくれた。はっきり言っておく。世界中どこでも、この福音

が宣べ伝えられる所では、この人のしたことも記念として

語り伝えられるだろう。」 (マタイによる福音書 26:12-13)

 

 

マタイ受難曲では真実を単純に表現しており、悪意や混乱などは
複雑な『対位法』で歌われます。弟子達や一般の民衆等は4声部の
合唱から成り、イエスに敵意を抱く祭司や長老等の群衆は8声部の
2重合唱で描かれて、群衆がイエスの言葉として「Ich bin Gottes 
Sohn (私は神の子である)」を引用する際に全声部がユニゾンとなる。
また二人の偽証者を表現する為に2声部のカノンが用いられてます。

冒頭の合唱は重厚で壮大な響きに始まり内容が通俗的で解かり易く、
対位法的に凝った場面が少なくてアリアが主流。アリア (Aria) 
というのは、叙情的または旋律的な特徴の濃い独唱曲の事を指して、
オペラやオラトリオ、カンタータなどの構成に含まれています。

 

 

ユダ、裏切りを企てる

 

「あの男をあなたたちに引き渡せば、幾らくれますか」と言った。

そこで、彼らは銀貨三十枚を支払うことにした。そのときから、

ユダはイエスを引き渡そうと、良い機会をねらっていた。

 

(マタイによる福音書 26:15-16)

 

 

主の晩餐

 

一同が食事をしているとき、イエスはパンを取り、賛美の祈り

を唱えて、それを裂き、弟子たちに与えながら言われた。

「取って食べなさい。これはわたしの体である。」

また、杯を取り、感謝の祈りを唱え、彼らに渡して言われた。

「皆、この杯から飲みなさい。これは、罪が赦されるように、

多くの人のために流されるわたしの血、契約の血である。

 

(マタイによる福音書 26:26-28)

 

 

上記のシーンでは、ソプラノ独唱によるアリアで「われは汝に
心を捧げん (Ich will dir mein Herze schenken)」と歌われる
有名な最後の晩餐。イエスは弟子達の前でユダの企てを暴露します。

 

 

 

 

マタイ受難曲は当時、音楽的教育を受けた事のない教会の信者たち
にも理解出来るように解かり易く書かれており、字も読めなければ
聖書も読んだ事がない信者達が多く存在したので、救世主の受難を
音楽の旋律に乗せて追体験させるために創作された曲でもあります。
但し、作品の内容では救世主の復活と昇天までは描かれておらず、
十字架上で無残に処刑されたイエスが埋葬されて終わるという、
まさに世紀の大悲劇という形でドラマは終わりを告げています。

 

このマタイ受難曲は「オラトリオ」というジャンルに属しており、
オペラとは異なり寧ろ音楽劇と解釈した方が相応しく、一般的に
劇音楽の最高峰は歌劇 (オペラ) と言われてますが、当時のオペラ
は優雅な王侯貴族向けの娯楽であり、18世紀前半のヨーロッパには
聴き手に精聴を要求するような真面目な音楽は、歌劇場や王宮には
存在しませんでした。本来、真面目に聴くべき音楽とは教会音楽
であり、オペラを依頼されなかった J.S バッハであるが故に、
リアルで普遍的な人間ドラマを作曲できたと推測されています。

 

 

ペトロの離反を予告する

 

イエスは言われた。「はっきり言っておく。あなたは今夜、

鶏が鳴く前に、三度わたしのことを知らないと言うだろう。」

 

(マタイによる福音書 26:34)

 

 

イエスが自らの今後の運命と、ペテロや弟子達が自分を否認して
離反する事を預言する場面です。コラール(合唱)で歌われます。

 

 

 

 

それから、弟子たちのところに戻って来て言われた。

「あなたがたはまだ眠っている。休んでいる。時が近づいた。

人の子は罪人たちの手に引き渡される。立て、行こう。わたしを

裏切る者が来た。」 (マタイによる福音書 26:45-46)

 

 

J.S バッハの作品を頂点とする受難曲史は多くのコラールと同様、
その起源はグレゴリオ聖歌にまで遡ります。キリスト受難を記念する
聖週間の典礼の一部としては、4つの福音書の受難に関する部分の
朗誦が行われました。J.S バッハへと至る経緯を辿るならば
「ポリフォニー受難曲」や「オラトリオ風受難曲」が見受けられ、
やがてルネサンス期が到来して、ポリフォニー技法の開発が進展。

 

『Heinrich Schütz / ハインリヒ シュッツ (1585-1672年)』は
『Johannes Brahms / ブラームス』の200年前にドイツ語による
レクイエムを作曲した重要人物で、J.S バッハの100年前に誕生。
ドイツ音楽に息吹を与えた「ドイツ音楽の父」と伝えられています。
J.S バッハの受難曲に直接影響を及ぼした作品は『Reinhard Keiser 
/ ラインハルト カイザー (1674-1739年)』のマルコ受難曲です。

 

 

裏切られ、逮捕される

 

イエスを裏切ろうとしていたユダは、「わたしが接吻するのが、

その人だ。それを捕まえろ」と、前もって合図を決めていた。

 

(マタイによる福音書 26:48)

 

 

そこで、イエスは言われた。「剣をさやに納めなさい。

剣を取る者は皆、剣で滅びる。わたしが父にお願いできない

とでも思うのか。お願いすれば、父は十二軍団以上の天使を

今すぐ送ってくださるであろう。しかしそれでは、必ず

こうなると書かれている聖書の言葉がどうして実現されよう。」

 

(マタイによる福音書 26:52-54)

 

 

 

       〈 ライプツィヒ (ドイツ)  / J.Sバッハ音楽祭 〉

 

 

 

 

〈 ドイツで最も美しい都市 / ライプツィヒ /  4K 〉

 

 

 

 

マタイ受難曲の聖書を基にした第1部は以上となり、続いては第2部
へと舞台は展開されます。ちなみに私が常に使用している聖書は
新共同訳の物で、日本聖書協会から発行されており、実際に聖書を
開きながら音楽を youtube で聴いて文章を書いてます。先述した
ブラームスも同様に聖書に関しては非常に熱心な音楽家。西洋音楽史
を学ぶ過程において聖書は必要不可欠であり、第一優先的に扱うべき
教材なのです。西洋美術の分野にも必然的な繋がりを帯びています。

 

 

 

 

 

 

そこで、マタイ受難曲の姉妹曲と呼ばれるのが『ヨハネ受難曲』。
歌詞に関しては誰が書いたのか未だに不明らしく、聴き比べをして
みると色々と面白い気付きがあります。マタイ受難曲ではイエスの
悲痛な叫びで果てるのに対して、ヨハネ福音書では十字架が神の
計画の成就の証として捉えられていると。マタイ、マルコ、ルカの
福音書は共感福音書と言われる共通した情報源を基にしてますが、
ヨハネ福音書だけは全く別の情報源に拠っているとか。謎ですね。

 

 

〈 J.S.Bach  St John Passion BWV 245 〉
 

 

 

最高法院で裁判を受ける

 

イエスは黙り続けておられた。大祭司は言った。「生ける神に

誓って我々に答えよ。お前は神の子、メシアなのか。」

イエスは言われた。「それは、あなたが言ったことです。

しかし、わたしは言っておく。あなたたちはやがて、

人の子が全能の神の右に座り、天の雲に乗って来るのを見る。」

 

(マタイによる福音書 26:63-64)

 

 

ペトロ、イエスを知らないと言う

 

そのとき、ペトロは呪いの言葉さえ口にしながら、「そんな人

は知らない」と誓い始めた。するとすぐ、鶏が鳴いた。

ペトロは、「鶏が鳴く前に、あなたは三度わたしを知らないと

言うだろう」と言われたイエスの言葉を思い出した。そして

外に出て、激しく泣いた。 (マタイによる福音書 26:74-75)

 

 

第2部に入ると、この場面では有名な「憐れみ給え 我が神よ」
(Erbarme dich) のアリアが以下の映像内で歌われます。

 

『憐れんでください、私の神よ、私の涙ゆえに。

 こちらを御覧ください、心も目も 

 あなたの前で激しく泣いています。』

 

主題は先述した鶏の鳴き声を模倣する音形で、初めの6度上行
(特に短調の曲での属音からIIIへの跳躍) はバロック音楽に
おける「哀願」の象徴音形。歌詞はイエスの予言通りになった
ペテロの激しい後悔の念を言葉数少なめに囁かれており、器楽は
チェロやコントラバスによる低音のピチカート上で、独奏ヴァイ
オリン以外の弦楽器群が独奏の音色を消さない様に奏でられます。

 

これは『管弦楽組曲第3番ニ長調BWV1068第2曲』と同様の編成
になっており、有名な J.S バッハの作品『G線上のアリア』。

 

 

〈 J.S.Bach  Air on the G String  Suite No.3 BWV 1068 〉

 

 

 

死刑の判決を受ける

 

ピラトは、人々が集まって来たときに言った。

「どちらを釈放してほしいのか。バラバ・イエスか。

それともメシアといわれるイエスか。」

 

(マタイによる福音書 27:17)

 

 

ピラトによる審問の場面。実際どの福音書の内容に触れても
ピラトはイエスに対して好意的であり、少なくとも有罪には
したくなかった事が伺われます。これについて最も詳しく記述
されているのが『ヨハネによる福音書』であると言われてます。

 

 

ピラトが、「では、メシアといわれているイエスの方は、

どうしたらよいか」と言うと、皆は、「十字架につけろ」と

言った。ピラトは、「いったいどんな悪事を働いたというのか」

と言ったが、群衆はますます激しく、「十字架につけろ」と

叫び続けた。 (マタイによる福音書 27:22-23)

 

 

J.S バッハが生きた時代では既に、小節および拍子という概念が
定着してましたが、それ以前の多旋律音楽に於いては、そのような
概念が根付いておらず、この曲は当時の名残りを示す良い例です。
マタイ受難曲は序曲の第1主題も同様で、合唱の各パートに注目すると
『kreuzigen』という表記が最初に歌われる時、この言葉に割り当て
られた旋律の2箇所には必ず「#」が施されており、これはドイツ語
で『Kreuz (十字架を意味する単語と同じ)』を意味しています。

 

 

 

       〈 J.Sバッハが書き込んだ数多くの装飾音 〉

 

 

 

 

兵士から侮辱される

 

そして、イエスの着ている物をはぎ取り、赤い外套を着せ、

茨で冠を編んで頭に載せ、また、右手に葦の棒を持たせて、

その前にひざまずき、「ユダヤ人の王、万歳」と言って、

侮辱した。また、唾を吐きかけ、葦の棒を取り上げて頭を

たたき続けた。このようにイエスを侮辱したあげく、外套を

脱がせて元の服を着せ、十字架につけるために引いて行った。

 

(マタイによる福音書 27:28-31)

 

 

『愛ゆえに私の救い主は死のうとされている。

 主は罪ひとつご存じないのに。 

 それは永遠の滅びと 裁きの刑罰が 

 私の魂に及ばないようにしてくださるためだ。』

 

 

十字架につけられる

 

そして、ゴルゴタという所、すなわち「されこうべの場所」

に着くと、苦いものを混ぜたぶどう酒を飲ませようとしたが、

イエスはなだめただけで、飲もうとされなかった。彼らは

イエスを十字架につけると、くじを引いてその服を分け合い、

そこに座って見張りをしていた。イエスの頭の上には、

「これはユダヤ人の王イエスである」と書いた罪状書きを

掲げた。折から、イエスと一緒に二人の強盗が、一人は

右にもう一人は左に、十字架につけられていた。

 

(マタイによる福音書 27:33-38)

 

 

第59曲から60曲では、鐘の音を想像させる低音弦上で、イエスの
束縛を意味するタイを含む反復音形が演奏されており、神秘的な
和声が展開されてます。第60曲に入り序奏冒頭に於いて通奏低音
の上昇する分散和音は「救い主が人類を十字架上の自分の元まで
引き上げる動き」であると解説されており、『通奏低音』という
のはバロック時代に特有な低声部の形態。低声部の下に付けられた
数字などの略記号に従い、演奏者が即興的に和声を充填します。

 

加えて『反復音形』というのは「オスティナート」と呼ばれており、
同じ音型を同じ音高で何度も繰り返す事です。これは『反復進行 
(ゼクエンツ)』と間違えやすく、ゼクエンツには「旋律的反復進行」
と「和声的反復進行」があり、さらに和声進行の反復は2つに分ける
事ができます。他には、ソプラノ声部で出現してきた音型をテノール
声部が異なる音高で真似る事を『模範』と言い、反復進行とは異なる
型であり『フーガ』の冒頭などで多く見受けられるパターンです。

 

そこで、ユダヤ人の王『イエス』が侮辱を受けながら
十字架に磔られるという非常に緊迫した場面に戻ります。

 

『世の祝福と救いとなる方が

 呪われて十字架に付けられる。

 天地の創造主が

 大地と大気を奪われようとしている。

 罪なき者がここで罪を負わされ死なねばならず、

 それが私の魂を悲しませる。』

 

 

イエスの死

 

さて、昼の十二時に、全地は暗くなり、それが三時まで続いた。

三時ごろ、イエスは大声で叫ばれた。「エリ、レマ、

サバクタニ。」これは、「わが神、わが神、なぜわたしを

お見捨てになったのですか」という意味である。

 

(マタイによる福音書 27:45-46)

 

 

しかし、イエスは再び大声で叫び、息を引き取られた。

そのとき、神殿の垂れ幕が上から下まで真っ二つに裂け、

地震が起こり、岩が裂け、墓が開いて、眠りについていた

多くの聖なる者たちの体が生き返った。そして、イエスの復活

の後、墓から出て来て、聖なる都に入り、多くの人々に現れた。

百人隊長や一緒にイエスの見張りをしていた人たちは、

地震やいろいろの出来事を見て、非常に恐れ、

「本当に、この人は神の子だった」と言った。またそこでは、

大勢の婦人たちが遠くから見守っていた。この婦人たちは、

ガリラヤからイエスに従って来て世話をしていた人々である。

その中には、マグダラのマリア、ヤコブとヨセフの母マリア、

ゼベダイの子らの母がいた。

 

(マタイによる福音書 27:50-56)

 

 

『ゴルゴタ(Golgatha)の丘』よりイエスが亡くなるまでの場面。
マタイ受難曲における最大のクライマックスであり、天変地異が
オルガンと通奏低音の強奏で示されます。不思議と清々しさを
も漂わせており、軽やかな趣に聴衆は惹き込まれてしまう。

 

 

 

 

墓に葬られる

 

ヨセフはイエスの遺体を受け取ると、きれいな亜麻布に包み、

岩に掘った自分の新しい墓の中に納め、墓の入り口には大きな

石を転がしておいて立ち去った。マグダラのマリアともう一人

のマリアとはそこに残り、墓の方を向いて座っていた。

 

(マタイによる福音書 27:59-61)

 

 

新約聖書に収められている4巻の福音書の冒頭がマタイ福音書。
語り手の福音史家が強調するのは、福音書において『ダビデ』王
の系図から始まる事を示すように、『イエス』はイスラエル最高
の王ダビデの正当な血統の家に生まれたユダヤ民族の救世主であると。
マタイによる福音書は、イエスが偉大な王の正統的後継者である事を
強調しており、J.S バッハは最高の台本を手に取り創作したのです。

 

 

 

 

 

 

痛切でありながら極めて美しい究極のアリア。当時の18世紀という
時代を遥かに超越しているマタイ受難曲。長い歴史を経た後の現代も
世界中では非常に人気が高く愛されており、リプレイ回数が最も多い
シーンは以下の場面。イエスの死を境に音楽は安らかで穏やかな場面
へと移り変わり、バスのアリアとヴァイオリン合奏が華麗に交わる
甘美な旋律。「Mache dich, mein Herze rein」と歌われています。
次第に上昇していく響きと共に込み上げる、至高の感覚的な幸福。

 

 

 

 

そして世界的に有名な最終曲。究極なまでに神聖であり、心の奥底
に浸透していく洗練された J.S バッハの最高芸術。こうしてマタイ
受難曲は壮大なドラマの幕を静かに閉じていく。日常的に聴く習慣を
身に付ける事で、心が洗われていく様な感性に包まれるし、やはり真
の芸術作品というのは、確実に普遍的な価値を後世に与えてくれます。

 

 

 

 

そこで、J.S.Bach の最高傑作は『ロ短調ミサ曲』であるという
意見があり、その理由とはマタイ受難曲が喜怒哀楽の内の殆どを
「哀」に重きを置く事に対して、ロ短調ミサ曲は喜怒哀楽の全てを
広く深く表現していると。さらに終始一貫として対位法を駆使して
いる点が注目されています。これらの楽曲的構造を分析してみると、
晩年の J.S バッハはロ短調ミサ曲に強い拘りを抱き創作していたと。
最晩年の1748~1749年頃にロ短調ミサ曲の浄書稿が作成されてます。

 

 

〈 J.S.Bach - Mass in B minor BWV 232 〉

 

 

 

マタイ受難曲の動画を一時停止してロ短調ミサ曲を聴いてみると、
冒頭から既に圧巻であり天上への祈りが再び大地へと降り注ぐ様。
全ての楽器と声が絶妙な掛け合いを魅せながら芸術の領域すら超越
していく J.S バッハの驚愕的才能。この他には4つのミサ曲を創作。
( ヘ長調BWV233  イ長調BWV234  ト短調BWV235  ト長調BWV236 )

 

しかし不思議なのは、何故ルター派教徒の J.S バッハがカトリック
教会用のミサ曲に拡大しようと考えたのか。これには2つの推移が
成り立つと言われており、1つは J.S バッハに宮廷作曲家の称号を
与えた『ドレースデン宮廷』がカトリックという理由。もう1つは
J.S バッハ個人が作品を系統立て纏める形で作品を残す傾向にあると。

 

例えば、無伴奏チェロやヴァイオリン組曲等を6曲構成にしてみたり、
或いは3曲構成も多いです。このような形式で作品群を組み立てる
J.S バッハがミサ曲を正式で完全なる形態に完成したいという欲求に
駆られていた可能性は考えられます。『キリエ』と『グロリア』だけ
では正式なミサ曲として成立しない .... という理由かもしれません。

 

 

〈 J.S.Bach  Cello Suite No.1 in G / Mischa Maisky 〉

 

 

 

ミサ曲の基本的な構成要素は一般的に『キリエ』『グローリア』
『コレド』『サンクトゥス』『アニュス.デイ』の全5曲です。
キリエは「主よ憐れみたまえ」という意味のギリシャ語で、
グローリアはラテン語で「栄光」を意味しており、新約聖書の
ルカによる福音書から引用されてます。アニュス.デイはラテン語で
「神の小羊」を意味しており、ヨハネ福音書(1:29)に基付く。

 

ロ短調という調性感以上にニ長調という調性感が、より濃厚に
表れている作品で、J.S バッハの音楽的嗜好を示すものとして
挙げられるのは『ピカルディの3度』の多用であり、これは
ルネサンス時代16世紀の終止法を J.S バッハが取り上げたのでは
と言われてます。ピカルディの3度というのは、短調の楽曲の最後
が本来の短調の主和音にあたる短三和音でなく、同主調の長調の
主和音にあたる長三和音で終わる。(神秘的な余韻を感じさせる響き)

 

 

 

       〈 インヴェンション / J.S バッハ 自筆譜 〉

 

 

 

 

J.S.Bach が作曲した音楽の大半は声楽曲であり、生涯の殆どを
教会音楽家として過ごした J.S バッハの仕事というのは、教会行事
の音楽作品を用意する事でした。鍵盤楽器における器楽曲で有名な
『インベンション』。これは2声体の鍵盤楽曲の事を言い、同様に
3声体の鍵盤楽曲は『シンフォニア』。これらを J.S バッハは音楽
学習の教材という意味でも作曲しており、ピアノ学習者は皆御存知。

 

ピアノ学習者は先ず J.S バッハを基礎として練習しますが、
やがて本格的になると『平均律クラヴィーア曲集』を学ぶはずで、
第1巻 (BWV 846〜869) と第2巻 (BWV 870〜893) に分けられます。
第1巻 (1.BWV 846 前奏曲 4声のフーガ ハ長調) はフランスの
作曲家『シャルル グノー』がアヴェマリアの伴奏として用いた曲。

 

 

〈 J.S.Bach  Prelude in C Major  BWV 846 〉

 

 

 

 

     〈 平均律クラヴィーア曲集の表紙 / J.Sバッハ 自筆譜 〉

 

    

 

 

 

 

 

 

《author》Eiki Ozawa

《composer》Johann Sebastian Bach

《Reference》聖書 (JBS / 日本聖書協会)

       マタイ受難曲 (バッハ自筆譜) 画像 
       Netherlands Bach Society / youtube
       Voices of Music / youtube

       ドイツで最も美しい都市 / ライプツィヒ /  youtube
       Stealth banning and comment ... / youtube

       インヴェンション (バッハ自筆譜) 画像 
       めぐ先生ピアノチャンネル / youtube
       マタイ受難曲の人気の秘密 

       平均律クラヴィーア曲集 (バッハ自筆譜) 画像