バルビゾンの隣に広がる平原。夕暮れ時に鳴り響く鐘の音色。
農民夫婦が手を休めては、主の御使いから始まる祈りを捧げます。
遠くに眺めるのは教会であり、周辺は豊かな麦畑に彩られて、
前景は痩せた土地に収穫は僅かなジャガイモのみ。その姿から
夫婦が貧しい農民であることが伺えます。敬虔な農民による主題は
画家の幼き日の記憶によるもので、黄昏に染まる背光を神秘的に
描き出しては、厳粛な宗教画へと昇華させたフランスの芸術家。
『Jean - François Millet / ジャン=フランソワ・ミレー』は
19世紀の時代を生きたバルビゾン派の代表的な画家であり、作品の
着想に関しては「私の祖母が畑で働いている時に、教会の鐘が鳴り
響くのを聞くと、貧しい人々への祈りを献げる為に仕事の手を止め
ていた」とミレーは述べており、描かれる二人の人物像は夫婦、
或いは農夫と女奴隷など、様々な解釈がなされてきました。舞台は
フランスの小さな農村地帯であり、1857年から1859年に制作された
『晩鐘』という有名な作品。崇高な宗教的感情が描かれています。
1856年から1857年の期間、ミレーは貧窮の状態に陥り自殺を
考えてました。そんな時期に画家は旧約聖書の『ルツ記』に関連する
永遠のテーマを発見します。麦の落穂拾いは農村社会において、自ら
の労働では十分な収穫を得られない寡婦や貧農などが、命を繋ぐ為
の権利として認められた慣行で、畑の持ち主が落穂を残さず回収する
事は戒められており、刈り取りを終えた畑に落ちている種を拾い集め
る作業でした。背景では豊かな地主が馬に乗り監督しています。
その当時、最も貧しい農民が行う辛い労働で、光と影による構成から
見事に綾取りされ彫刻のように浮かび上がる人物像と、コントラス的
効果を促す背景の処理による巧みな技術を用いた『落穂拾い』という
作品。農夫達の姿とは対照的に、後景の地平線に沿う朝の陽射しが、
積み重なる穀物の農場に降り注ぐ。落穂を摘む女達の暗い家庭用の
ドレスは、柔らかな金色の平野と対照的に逞しい形象で描かれます。
この作品が後世に語り継がれる名画と言われる所以は、旧約聖書の
一節を取り上げているからで、これは先述したルツ記にも似た箇所が
見受けられます。一種の社会福祉的な考え方にも繋がり、畑から得られ
る収穫は神様から頂く恵みであると。画家の鋭い感性が見受けられます。
以下は旧約聖書より引用。
畑で穀物を刈り入れるとき、一束畑に忘れても、取りに戻って
はならない。それは寄留者、孤児、寡婦のものとしなさい。
こうしてあなたの手の業すべてについて、あなたの神、主はあなた
を祝福される。オリーブの木の実を打ち落とすときは、後で枝を
くまなく捜してはならない。それは寄留者、孤児、寡婦のものと
しなさい。ぶどうの取り入れをするときは、後で摘み尽くしては
ならない。それは寄留者、孤児、寡婦のものとしなさい。
あなたは、エジプトの国で奴隷であったことを思い起こしなさい。
わたしはそれゆえ、あなたにこのことを行うように命じるのである。
(申命記 24:19-22)
農村地帯で暮らす人々の姿を描いた『種を蒔く人』という作品。
同じく聖書の一説を題材にしており、農家の生まれであるミレーは
幼い頃に眺めた父の働く姿を思い出しながら作品に仕上げています。
イエスキリストは庶民に教えを説く際に、難解な教義ではなく日常の
身近な出来事を題材とした『比喩』を多用しており、種とは神の言葉
や教えを表し、種が蒔かれる土地はイエスの教えを聞く者の心の態度
を表していると。やがて沢山の芽が出現して育ち豊かな実を結ぶ。
種蒔きを行う農民の足元は藁で暖かく包まれており、袋に詰めた
種を肩に掛けています。この作品は後期印象派の代表的な画家である
『Vincent van Gogh / フィンセント ファン ゴッホ』に強い影響
を与えており、Gogh は Millet の存在について「多くの人々に地平
を開拓した重要な現代画家」であると評価しています。産業革命が進む
19世紀フランスに於いては、都会を目指す人達とは対照的に農村地帯
で暮らしながら自然を描く画家達がいました。(パリ郊外のバルビゾン)
以下は新約聖書より引用。
だから、種を蒔く人のたとえを聞きなさい。
だれでも御国の言葉を聞いて悟らなければ、
悪い者が来て、心の中に蒔かれたものを奪い取る。
道端に蒔かれたものとは、こういう人である。
石だらけの所に蒔かれたものとは、御言葉を聞いて、
すぐ喜んで受け入れるが、自分には根がないので、
しばらくは続いても、御言葉のために艱難や迫害が起こると、
すぐにつまづいてしまう人である。茨の中に蒔かれたものとは、
御言葉を聞くが、世の思い煩いや富の誘惑が御言葉を
覆いふさいで、実らない人である。良い土地に蒔かれたものとは、
御言葉を聞いて悟る人であり、あるものは百倍、あるものは
六十倍、あるものは三十倍の実を結ぶのである。
(マタイによる福音書 13:18-23)
作物のノウハウを知り尽くした熟練の農夫が耕す土地は良質であり、
夕方という種蒔きに適した時間帯に惜しみなく種を蒔くことで、
人間は救いに与るという教えです。心を開いて御言葉を受け
入れる者 (良い土地) にのみ、イエス (御子) の教えは実を結ぶ
という解釈。画家ミレーは芸術表現に於いて、神の愛や神の力を
見事に表現しており、これは『マタイによる福音書』『マルコに
よる福音書』『ルカによる福音書』などに関連する記述があります。
こちらを見据える少女の黒い瞳。可愛らしい気品に溢れる佇まい。
子犬を抱く手の幼い表情。そして少女を見上げる子犬の眼差し。
これらが三角形の構図を形成しており、観る者を惹き付けています。
『犬を抱いた少女』は、1844~1845年当時に創作された絵画で、
柔らかなタッチと温かな色調が特徴的であり、ミレーの画業に
おいては「華やかな画法」として世界的にも称されています。
『Jean - François Millet』の名を人々が聞くならば、崇高な
農民の姿を聖書の題材に置き換えて写実的に描いた『種蒔く人』
や『落穂拾い』『晩鐘』などの作品を思い浮かべます。然しながら
ミレーはパリ郊外の村バルビゾンに移って農民を主題とする様式
に至る前は、肖像画家としても活動してました。ミレーが生涯に渡り
制作した肖像画は百数十点にも及ぶと言われており、この神妙な表情
を浮かべる少女の姿には、どこか不思議な魅力が秘められています。
この私も西洋絵画に於いて沢山の肖像画を鑑賞してきましたが、ミレー
の芸術作品というのは時代を経過した後も決して色褪せる事が無い。
犬を抱いた少女の複製画を現在も私は部屋の壁に飾り続けています。
Millet の最晩年 (1873年5月) に完成した『春』という作品。
叙情詩的でありロマンティックでもある人間と自然との対話や、
出会いの表現を題材とした絵画。道端に咲く小さな花のように
自然の風景は緻密に観察されて描写されており、果樹が植えられて
道があり堀が建っています(未踏の自然界に対する保護が背景
にある)。全ては象徴的であり、空を横切る嵐雲や暗い赤味を
帯びた茶色の地面。裸の切られた木々の枝が過ぎ去った冬の季節
を示唆しており、春の訪れ (希望) の兆しを表現しています。
遠くの樹下で雨宿りの人物もいる荒天の中、陽光に輝く美しい虹。
この超常的な光景に、大自然の神秘に溶け込みながら、おそらく画家
ミレーは天国を描いたのでは ... ? 光と闇のコントラスト的効果が
非常に美しく、日常風景の一枚にしては異常なまでに深淵さを追求
しており、これは画家の生涯そのものを表現している可能性が高く、
希望と絶望の狭間において苦しみ抜いた果てに辿り着く安らぎ。
この作品を眺めながら私は、そんな感想を心の中に抱きました。
〈参考文献〉西洋絵画美術館 他




