小林桂樹の熱演と後半の異様な展開が忘れ難い
そして首切り職人:大久保正信
評価:★★★★☆
10年以上前に、初めて見た時に、首を切断して列車で運ぶ後半のシーンと首切り役のおじさんのキャラクターが強烈に脳裏に焼き付いてしまって、いつか再鑑賞したいと思っていたが、なかなかチャンスがなかった。
昨年、東宝からDVDが発売されたので購入して久々に鑑賞。
太平洋戦争当時に警察に拷問されて殺された炭鉱夫の死因に不信を抱いた弁護士がなんとか再検死を行うために被害者の首を切断して東京まで運んでくるという話。
当時は、警察や軍隊、国家などの官憲の横暴が当然のように行われていた時代で、拷問で死んでしまうことは日常茶飯事だったのではないか?
しかも、この事件の被害者は高名な思想家とかではなく炭鉱夫である。
普通なら埋もれてしまう案件だろう。
取調室(密室)での暴力
被害者のライバル炭鉱に肩入れする警官(いかにもの人相)
そして調査を引き受けた正木弁護士は戦時中でも平気で東條英機の批判をするような思想の持主であり、この時代に、正木のような弁護士がよく活動できたと思うが、裏を返せば、まだ多少なりとも言論の自由があったということか。
1968年の作品だが、全編モノクロで舞台が真冬の1月ということもあって、寒々とした風景に、墓を掘って列車で東京まで運ぶシーンの異様な緊迫感が忘れ難い。
小林桂樹の狂気を感じさせる演技が凄い。
被害者の墓の前に立つ小林桂樹
映画を見始めた頃の1970年代の小林桂樹は、中間管理職や人のいいお父さん役が多く、映画スターという雰囲気ではなかったので「日本沈没」「連合艦隊」などの大作映画で主役を務めていたのが不思議だったが、その後、1960年代の「黒い画集(1960)」「椿三十郎(1962)」「江分利満氏の優雅な生活(1963)」「白と黒(1963)」「侍(1965)」そしてこの「首(196)」などを見るようになってからは非凡な才能を持った名優だと再認識させられた。
執念に取りつかれたような正木弁護士役は、後の「日本沈没」の田所博士を思い出させるが、よく考えると脚本:橋本忍、監督:森谷司郎、主演:小林桂樹というのは「日本沈没」のトリオではないか。
むしろ、この映画の小林桂樹の演技から田所博士をキャスティングしたのだろうか?
調査を依頼した南風洋子も名演技。後半、あせる小林桂樹に向かって「先生があせってはいけませんよ」と肝の座った発言しているシーンでは一見、無表情のように見える彼女の風貌がマッチしていた。
焦る正木をさとす
その他は、解剖医役の大滝秀治、神山繁、北竜二、下川辰平、今福正雄、清水将夫、佐々木孝丸といぶし銀のキャスティング。
解剖医は若き日の大滝秀治 ちっとも若く見えないが、撮影当時43歳!
しかし、もっともインパクトあるキャラクターは、首切りを依頼された東大職員の中原。
毎日、仕事で死体の解体や処理は慣れているとはいえ、掘り起こされた墓の前で淡々と白衣を着て道具を準備する姿、一仕事終わった後に酒や水炊きをおいしそうにすする姿、列車内での警官との問答など、出番は短いながらも強烈な印象を残す。
この役を演じた大久保正信という俳優はあまりなじみがないが、「七人の侍」で髷を結っていないザンバラ髪で馬に乗っていた野武士ではないだろうか?
後半の展開はホラー映画のようでトラウマ級。
首切りシーンの肉や骨を切る音。
事件解決後の慶応大学病院の標本室に安置された“首”のインパクト。結局、このホルマリン漬けの首の標本は空襲で燃えてしまう。
そして、最後の戦後の別の裁判の法廷シーンで小林桂樹が出刃包丁で仮面を切り付けながら「第一撃はこう!こう!こう!」。異常にテンションの高い弁護。
森谷司郎監督は「日本沈没」の大ヒット以後は、東宝の大作映画専門になってしまったが「八甲田山」を除くと大味な作品ばかりで、この頃のシャープさ無くなってしまい残念だった。
【鑑賞方法】DVD―東宝
モノクロ100分
【制作会社・配給】東宝
【監督】森谷司郎
【脚本】橋本忍
【原作】正木ひろし
【制作】田中友幸
【撮影】中井朝一
【美術】阿久根巖
【編集】岩下広一
【音楽】佐藤勝
【出演】
小林桂樹:正木ひろし
古山桂治 :吉田弁護士
鈴木良俊 :山口助手
南風洋子:滝田静江
下川辰平:岸本正治
宇留木康二:奥村登
鈴木治夫:奥村進
小川安三:鉱夫・石橋
加藤茂雄:鉱夫・河内
佐々木孝丸:東大教授福畑
三津田健:東大教授南
大久保正信:東大雇員中原
清水将夫:高林浩三
北龍二:宮崎三郎
辻伊万里:浜謄写店の細君
今福正雄:印刷所社長野村
神山繁:田代検事
加藤和夫:司法省刑事課長
灰地順:秋山検事正
館敬介:橋岡次席検事
木崎豊:青倉村駐在巡査
渋谷英男:里見巡査部長
権藤幸彦:大崎署の警官
池田生二:医師堀本
小沢憬子:堀本の妻
大滝秀治:水戸の医師室田
寄山弘:川島運送社長
榊田敬二:蒼竜寺の住職