ニール・ブロムカンプ監督、シャールト・コプリー(声とモーションキャプチャー)、デヴ・パテルヒュー・ジャックマンニンジャヨーランディ・ヴィッサーホセ・パブロ・カンティージョブランドン・オーレットシガニー・ウィーヴァー出演の『チャッピー日本独自カット版PG12



南アフリカのヨハネスブルグ。人間に代わってロボットが警官として配備されている世界。兵器メーカーの社員ディオンはAI(人工知能)を作りだすが、上司のブラッドリーの許可が得られなかったため密かに廃棄用の機体にプログラムをインストールしようとする。しかしストリートギャングの3人組、ニンジャとヨーランディ、アメリカたちに拉致されてロボットを奪われてしまう。


まずお断わりしておくと、映画の内容以外のことで結構な字数を費やしていますので、ただ普通に映画のレヴューを読みたいかたは違うブログに行かれた方がいいと思います。申し訳ありませんが、ご承知くださいませ。

それではネタバレ込みで感想を書いていきますので、未見のかたはご注意ください。



第9地区』『エリジウム』のニール・ブロムカンプの長篇3作目。

初めて予告篇を観た時から楽しみにしていたんですが、ひと月ほど前にTwitterでフォローさせていただいているかたの呟きで、どうやら北米版を日本では独自に再編集して公開するらしいということを知り、一気に冷めたのでした。


5月公開『チャッピー』ソニー「監督に許可を取ってカットして公開します」監督「聞いてない」 - Togetterまとめ


ようするに人体破損のショットが映倫で引っかかってR18指定を食らってしまったため、該当部分を削除して12歳未満でも保護者の助言・指導があれば鑑賞可能なPG12に変えて公開することにした、と。

オリジナル版の劇場公開はしない、という。今後発売される日本版のDVDやブルーレイではどうなるのかも今のところ不明(※販売用のDVDやブルーレイにはアメリカ公開版が収録される模様。ってことは、レンタル用には入ってないということか?とことんフザケてやがるな)。

日本ではこのようにオリジナル版の中身をカットしたり、音楽を日本独自のものに差し替えたり、吹替版でプロの声優以外のTVタレントや俳優などを実力ではなく知名度や話題性のみで起用するなど非常に不快な行為が横行していてそのたびにムカっ腹が立つんですが、今回もせっかくの映画がその餌食になってしまったのだ。

これで思いだしたのが、2013年に公開されたリメイク版『キャリー』の再編集の件(こちらはワーナー)。

ご存じないかたもいらっしゃるかもしれないですが、あの映画もR指定を回避するために残酷描写をカットしているんだそうな(北米版は僕は未確認ですが)。

公になっていなかったり一部の観客にしか知られていなかったりするだけで、こういうことは(特にホラー映画などで)結構頻繁に行なわれている。

Togetterのまとめではブロムカンプ監督に無断でカットした挙げ句に「監督の許可を得た」と嘘をついたことが問題視されているが、ハリウッドで最終編集権を持っている映画監督はスピルバーグなどごく少数だけだし(おそらくブロムカンプにもない)、監督は知らなくてもプロデューサーや権利を持っている会社(今回はソニー)が了承している可能性はある。

この『チャッピー』はあいにくアメリカではあまりヒットしなかったようだから、日本で当たるかどうかはあちら側にとっても非常に気になるところだろう。

結局、映画を売る連中が考えるのは「どれだけ儲かるか」ということでオリジナル版を守ることではないので、アメリカ側だってカットしてお客さんがもっと来るのなら喜んでするだろう。

僕たちが普段観ている映画の多くは、「作品」ではなくて「商品」なんですよね。送り手の都合によっていくらでもたやすく改変されてしまう。

確かに映画が商品なのも間違いないけど、でもやっぱり釈然としないでしょう。少なくとも僕たち観客は「作品」を観にいってるんだから。

中にはこのカット版を「子どもでも観られるようになったんだからよかったと思う」と言ってる人もいますが、子どもヴァージョンを作るのはいいけど、それでオリジナル版を公開しないってのはおかしいでしょーが。

それから、残酷描写のカットは例のテロ組織の人質惨殺が原因なんだから悪いのは奴らでソニーを責めるのはお門違い、と言ってるアホがいるけど、現実の残虐な犯罪と作り物の映画となんの関係があるんだよ。

現実にああいう事件があったら映画の中身は規制されて当然、と考えているのなら、いっぺん身体をまっぷたつにされた方がいい。

自分たちがホザいてることが重大な誤りだということにこれっぽっちも気づかずに批判にドヤ顔で反論してるつもりになっている、こういう輩が映画を破壊するのだ。そしてそれを隠蔽する。まるで映画の中で粉砕された人体のように(うまいこと言ったつもり)。

で、ギリギリまで迷ったんですよね。観ようか、それとも一部の心ある人たちのように抗議の意味を込めてあえてボイコットするか。

でも他のかたも呟いているように、これはどっちに転んでも観客は得をしないのだ。

もしこの映画がコケれば、今後ブロムカンプの映画が日本でDVDスルーにされてしまう危険もある(彼の次回作は「エイリアン」シリーズの最新作だから、よっぽどのことがない限り劇場公開するでしょうが)。

逆にヒットすれば、既成事実としてこれからもオリジナル版をガンガン切り刻んだヴァージョンが公開されることになる。

だいたい『第9地区』を観ればわかるけど、ブロムカンプの映画の残酷描写というのは寿司のネタみたいなもので、寿司からネタを取って捨ててしまったらただの酢メシになっちまうじゃねぇか(うまく例えたつもり)。

サビ抜きどころかネタの乗ってない酢メシを出して「寿司です」と称して売ってるということでしょ、これは。

フザケんなよ、と。

だからこのような身勝手な行為は本来許されないし、今後も許しちゃいけないと思う。

今回の件に関しては、「炎上商法」のニオイもするんで本気で怒るのも若干ためらわれるんですが。でも過剰な「自主規制」(映倫は“検閲”ではなくて自主規制です)には断固反対。

映画泥棒は一体どっちなんだ。

観客や消費者は、「自主規制」という名の暴挙に対してもうちょっと敏感になっていいんじゃないだろうか。

「映画」を大切にしない奴らは他のものも大切にしないですよ、きっと。ほんとの人命でさえもね。

それでも、現時点では他にこの映画を観る手段はないし、まぁ「観たい」という誘惑には勝てなくてですね^_^; だからあくまでも日本で公開されたヴァージョンの感想、ってことで。

どの部分をカットされたのか、正確なところは確認しようがないので、もしかしたらこれから書く感想の中の批判部分については、本来オリジナル版にはあったものなのかもしれません。

繰り返しますが、日本公開版の感想ですのでご了承のほどを。

で、手っ取り早く感想を述べますと、すでにご覧になったかたがたが仰ってるように残念ながら『第9地区』は超えていない。

前作『エリジウム』と比べてどうかというと、わりと微妙。

同じぐらいか、ヘタすれば『エリジウム』よりも満足度は低いかもしれない(※個人の感想です)。

そしてそれは多分、カットのせいではない(だからってカットしていいことにはもちろんならないが)。

『第9地区』がアカデミー賞作品賞にノミネートされたほどのクオリティだっただけに(受賞は『ハート・ロッカー』)その次の『エリジウム』についてはかなり悪しざまに言う人もいて、ストーリー展開や設定へのツッコミどころは無数にあるから傑作などとはまったく思わないけど、そこまで駄作扱いするような出来でもなかったと思うんですよね。

“チャッピー”とほとんど同じデザインのドロイド(ロボット)警官もすでにあの映画に登場していて、今回同様になかなかリアルなアクションを見せてくれてるし。

丁寧に作られたVFX映像を観ているだけで僕はそこそこ楽しめたんで。ちょっと世間の評価が辛過ぎるんじゃないですかね。

そういう意味では今回の『チャッピー』だって映像的な見どころはあります。

クライマックスに登場する、「スターウォーズ」のAT-STウォーカーみたいな二足歩行の兵器「ムース」との戦いはなかなか素敵だし。

まぁ、ここで人体がまっぷたつにされるショットが削除されたんですが。

 
倒れているアメリカさんの上半身はありません。


ブロムカンプは「マクロス」が好きで『第9地区』では“板野サーカス”をやった、と自ら言ってるけど、今回もかなり元ネタがわかりやすい。

定番のポール・ヴァーホーヴェン版『ロボコップ』にスピルバーグの『A.I.』、そして押井守監督の『GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊』『アイアン・ジャイアント』etc.

去年リメイク版の『ロボコップ』が公開されたけど、こちらの方がよっぽどヴァーホーヴェンの『ロボコップ』の世界観に近い(チャッピーの足の形はヴァーホーヴェン版ロボコップのそれにとてもよく似ている)。『ロボコップ』のリメイクはブロムカンプに撮ってほしかったなぁ。

ヒュー・ジャックマン演じるムーアが操る鳥足メカ「ムース」なんてED-209そのまんまだし。

ムースが工場から飛び立つシーンは鳥肌が立ちましたね。

ああいう戦闘ロボがケレン味たっぷりに発進するシーンも、どこか日本のロボットアニメっぽくて最高。わかってるなぁ、ブロムカンプ!って。

あと、観た人はわかると思うけど、チャッピーがヒュー・ジャックマンに最後に言う言葉が『シンデレラ』と同じですw

ただ、思ったほどアクションシーンがないのね。

シーンのすべてを削除したのでなければ、そもそも派手な殺し合いみたいなシーン自体がそんなにない。

ギャングに育てられるロボットの話というから、なんかもっと『シティ・オブ・ゴッド』ロボット版、みたいなギャング同士の抗争を描いたヴァイオレンス作品なのかと思ってたんだけど、ニンジャたちもワルそうでヌケてるし(拉致ったディオンをそのまま帰すとか、警察に通報されたらおしまいじゃねーか^_^;)、だいたい人もそんなに死なない。

ヴァーホーヴェンの『ロボコップ』とか80~90年代のシュワちゃんの映画なんかの方がよっぽど残酷でしょ。でもどちらも年齢制限なんてなかったんだよな。イイ時代だったなぁ。

それと、チャッピーが赤ちゃん状態から学習していく過程がなんだか飛び飛びで(こぼれる牛乳に驚いてたと思えば銃を撃ち、インターネットを知らなかったのにPCを使いこなして○○するなど)、そのあたりも彼が成長していく様子を順々にもっと丁寧に描いてほしかったな、と。

劇中で、生きている犬と死んでいる犬の対比が出てくるけど、犬を初めて見る幼児は犬との接し方はわかんないわけだし、撫で方だって知らないはずでしょう。

身体を傷つけられて逃げてきて、たどり着いた丘で初めて目にした犬に最初は吠えられて、でもしばらくしてだんだん心を通じ合わせていく、みたいな繊細な描写があってもよかったんじゃないだろうか。

ストーリーに伏線らしきものがほとんどないのも、脚本の練り方がヤワいんじゃないかと。

TVアニメのアメコミヒーローの真似をして剣を手にするしぐさをする場面があるんだから、あとで本当にそういう闘い方をするとかさ(『エリジウム』ではシャールト・コプリーは日本刀で闘ってたのにね)。

ロボットがギャングに育てられる、というアイディアは面白かったですが。




いつもなら主人公を演じてるはずのヒュー・ジャックマン、あるいはシガニー・ウィーヴァーが悪役側で、どう考えても悪者の雑魚キャラであるはずのニンジャたちが主人公寄り、というのは意表を突いててよかったですね。

クライマックスは「ニンジャたちが急にイイ人になり過ぎ」という指摘もあるし、確かにそうなんだけど^_^;でも僕はヒュー・ジャックマンが操るムースに向かって悪役ヅラのニンジャが戦いを挑んでいく場面でちょっとグッときたんですよね。泣きそうになってしまった。

だって「北斗の拳」で雑魚キャラの一人のモヒカン野郎目線で、彼がケンシロウに必死に食らいついていくような話があったら、泣けるでしょ(えっ、オレだけ?)。

そういう発想の転換、みたいな面白さはありました。

どうでもいいけど、ストリートギャング、というのもまず最初は形から入るのね。中学でヤンキー・デビューした奴みたいに。

格好とかしぐさや喋り方とか、学習してそれっぽくなっていく。

それにしても、なんで奴らはいつも鼻すすってんだろw

チャッピーの育ての父になるニンジャを演じているのは、ご本人も“ニンジャ”さんなんだそうで。

また同じく、前髪切り過ぎママ、ヨーランディを演じているのも、ヨーランディ・ヴィッサーさん。

 


二人とも本業はラッパーで、劇中やエンドクレジットでの曲を唄っている。

見た目はヤバそうな人たちだけど、なんか憎めないんだよなぁ。

こんなビッグ・バジェットの作品でこういうタイプの人たちが主役級として描かれることなんてなかなかないんじゃないかな。

それだけに、彼らの描写をもっと見たかった。

ヨーランディがチャッピーのことを我が子のように感じるところとか、最悪の父親像でもあるニンジャが、それでもチャッピーにとってかけがえのない存在に感じられてくる、そういう段階をもっと丹念に積み重ねてほしかったです。

きっと70年代ぐらいの映画だったら、その辺をもっとしっかりやってたんではないかな。

そのかわり退屈だったかもしれないけど^_^;

そういう意味で、良くも悪くもブロムカンプは80年代以降の人なんだろうな。


主役のチャッピーの声とモーションキャプチャーでの動きを担当しているのは、ブロムカンプ作品の常連俳優シャールト・コプリー。

これまでは主演だったり悪役だったりしたけど、今回はアンディ・サーキスよろしく素顔を一切出さずにモーキャプ俳優に徹している。

なんだろう、やっぱり彼は悪役よりもこういう頼りなくてちょっとカワイイ役柄の方が合ってる気がする。

声や動きがちょっと「スターウォーズ」のC-3POっぽい時もあったりして。

「スター・ウォーズ」最新3部作で、もしC-3PO役のアンソニー・ダニエルズに何かあったらぜひ彼が代役で…って、不吉なことを言うんじゃないっ(;^_^A

ニンジャに「2000万ランド(いくらのこと?)払え」と言って脅すヒッポ役のブランドン・オーレットは、シャールト・コプリーとともにブロムカンプの映画にずっと出ていて、実はブロムカンプの映画のリアリティに貢献している陰の功労者でもある。

 


常に悪役を演じている彼のいかにもなヒゲ面で筋肉バカの“ならず者”ぶりが、南アフリカはヨハネスブルグの荒廃を象徴している。

こいつはホンモノの“ワル”なんじゃないのか?と思わせるような俳優って、ほんとに貴重だと思うんですよね。

そして実は結構イケメンだったりもする。ウホッ。

こういう俳優さんが映画を支えているんだよね。

この映画は、おそらくハリウッド・スターであるヒュー・ジャックマンやシガニー・ウィーヴァーがブロムカンプ監督の才能や将来性を見込んで彼をサポートする形でこのような大作として実現したんでしょう。

そういうスターたちがあえて悪役として、いってみれば彼らよりもはるかに“無名”で“格下”の監督や俳優たちに華を持たせたというのは、凄くいい話だな、と思うんです。


ムーアはオーストラリア人という設定だからか、半ズボン着用。なんてわかりやすいんだ。


彼らだって下積みの時代があったわけだし、だからこそ才能ある若手たちに手を貸した。

ブロムカンプが「エイリアン」の最新作の脚本と監督を務めることになったのが、シガニー・ウィーヴァーのプッシュであることは間違いない。

できれば本作も大成功を収めてほしかったんですけどね。

…う~ん、厳しかったかな、と。

それは、これまたブロムカンプが良くも悪くも80年代以降に育ったオタク世代だから。

たとえば、この映画のラストは『GHOST IN THE SHELL』そのまんまだ。

好きなんだろうなぁ、ブロムカンプw

だから、ハッキリ言ってあの終わり方にはたいして深みは感じなかった。

この映画を観て、人間の“意識”が機械にコピーできるかどうか、みたいなことを真剣に考えるのもいいけど、そこまで深い考察に満ちた作品とは思えませんでしたね、僕には。

この映画の原作はブロムカンプの南ア時代の短篇らしいから、ちょうどアマチュア映画撮ってた人が自分の自主映画を商業映画化したようなもので、好きなものを詰め込んで作りました、って感じですよね。

チャッピーのウサギ耳型のアンテナが「アップルシード」のキャラや「パトレイバー」の人型汎用工作機械に似ていたり。

そーいえば、すでに観た人が「『映画クレヨンしんちゃん ガチンコ!逆襲のロボとーちゃん』と同じ話」と書いてて笑ったけど、ほんとにその通りだったなw

ラストも『GHOST IN THE SHELL』みたいなことがやりたかったんだろうなぁ、って。

だけど、この『チャッピー』は「攻殻機動隊」とは描いてるものが正反対だと思うんですよね。

「攻殻機動隊」には電脳の世界で生まれた“意識=ゴースト”を描くことで逆に「脆くて寿命のある人間」の存在について考えさせる効果もあったけど、『チャッピー』はロボットが赤ちゃんから成長していく話なんだから。

あんなふうに、死んでも機械の身体に意識をコピーすれば永遠に生きられますよ、なんてオチではなくて、ありきたりではあるけれどやっぱりそれは「不可能」なのだ、というところに持っていった方がしっくりきたんじゃないだろうか。

ただの機械に過ぎなかったはずのチャッピーに“意識”が芽生えたのは奇跡的なことで、それはかけがえのないものなのだ。だからコピーはできない。人間の命も。

5日間という限られた寿命の中で精一杯“命”を燃やして「死んでいく」チャッピーを描いた方が、僕にはよっぽど感情移入できて泣けただろうと思うんですが。

あと、さっき「いきなりイイ人になっちゃう」って書いたけど、ニンジャ(あとムースに身体をビショップやテッドみたいに両断されちゃったアメリカさんも)の描き方を間違えていたというのは、彼のようなキャラはもっと散々クズっぷりを見せつけておいて、最後の最後に「あれ?でもこいつ実は結構イイ奴なんじゃ…」と思わせて、その直後に殺すんだよ!

それが映画のセオリーでしょ?w

クズみたいな奴らに思えたニンジャたちが、でもほんとは彼らも生きてる人間で、その命はかけがえのないものだったんだね、ってとこに落とし込んでこそこのテーマは泣けるものになるんだと思う。

終盤にギャングスタ風の喋り方でヒュー・ジャックマンに折檻するチャッピーも、あそこはほんとは、クズだと思われて見下されてる者がお高くとまっているお偉いさんをぶちのめしてこそ初めて観客はカタルシスが得られるわけで。

だけどヒュー様はまだ悪役としては甘くて、頑張って憎々しげに演じているけれど「ほんとはイイ人オーラ」が出まくってるし。だから最後に彼が痛めつけられてもあまりカタルシスは感じなかった。

 


今秋公開のネバーランドを描いた映画でも悪役を演じているようだけど、新境地開拓なんだろうか。

でもタイプはまったく違う俳優だけど、たとえば彼とクリストフ・ヴァルツの悪役ぶり(007の最新作が待ち遠しい!)とを比べたら、その違いは明白でしょ。

ヒュー・ジャックマンの悪役にはやはりかなり違和感がある。いまだにジャン・ヴァルジャンやウルヴァリンのイメージも強いし。

クライマックスの戦いのあとに会社に仕返しに行くってのも、話の流れとしてはどうなんだろ、って思った(あの展開も『ロボコップ』を踏襲しているのかもしれないが)。

仕返しの前に、まず撃たれた“ママ”のヨーランディの容態を気にしろよ、と。

逆に創造主(メイカー)であるディオンが撃たれて死にそうになる必要はなかったんじゃないのか。

その辺の登場人物たちの捌き方がうまくいってないと思いました。

それと、「異端者」とか「はぐれ者」を象徴しているのであろう「黒い羊」の絵本の例えも全然ハマってないし。

ある映画紹介のサイトではこの映画のあらすじについて「車の運転を素早く習得し、デッサンも楽々こなすなど急速に成長していくチャッピーは研究者たちに危険視され、「考えるロボットは人類の敵」だとして次第に追い詰められていく。」などと書かれているけど、“研究者たち”に危険視なんかされてませんからね、チャッピーは。

チャッピーとその開発者であるディオンをムーアが一方的に憎んでるだけで。

だから、チャッピーが多数派から排斥される恐怖なんてこの映画では描かれてないんですよ。

ギャングスタな若者たちに石投げられて燃やされたのは、あれは一般社会から差別されたのとは違うでしょ。怖い人たちに苛められた、ってだけじゃん。

なので、他の者たちと違う存在である「黒い羊」の話がこれ見よがしに出てくるけど、全然共感できないわけです。

なんか、弱者の立場から描いたつもりなのかもしれないけど、ズレてるぞブロムカンプ!って^_^;

社会の底辺の人間の目線で描くなら、それこそ敵側に『エリジウム』のジョディ・フォスターみたいな金持ちの権力者を登場させなければ対比にならない。

この映画のシガニー・ウィーヴァーもヒュー・ジャックマンも、たいした敵には見えないんですよね。


そんなわけで、観る前から人の評価を読んでなんとなく予想はしていたのだけれど、テーマや題材を巧く料理できていた、とは言い難かった。

…あ、まったく褒めてませんが^_^;

それでも僕は、たとえば同じようにヴィジュアル的には見るべきものがありながら描きたいものがこれといってないように思える『トロン:レガシー』や『オブリビオン』の監督よりもブロムカンプにはこだわりたいテーマがあると思うし、それは「人間」とは、「命」とは何か、という個人的にも興味のあるものだから、今後も彼の作品には注目していきたいです。

ブロムカンプが描くのは、人命や人々の権利、倫理観が軽視される世界だ。

『第9地区』でシャールト・コプリー演じる主人公は「ただの普通の役人」だったが、彼はどんな運命をたどっただろうか。

『エリジウム』の極端な格差社会は絵空事には思えない。

皮肉なことに、今回の『チャッピー』のカット問題にはブロムカンプが映画に込めてきたテーマがそのまま現われている。

たかが映画だと思う人もいるだろうが、人々の権利というものはそうやって少しずつ奪われていく。

検閲や自主規制は時代に逆行する、唾棄すべき行為である。

権力者や一部の人間たちの思い通りのものを与えられて文句も言わずに黙って従うこと。それは果たして自由な世界といえるだろうか。

俺たちはドロイドじゃない。

ブロムカンプにはぜひ今回の一件を記憶に留めてもらって、いずれ映画にしてもらいたいものです。

『エイリアン5』も楽しみにしています。

今度は絶対に勝手なカットなんかすんなよ、映画会社。

チャッピーと違って俺は許さないからな。マザファッカ!




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