さよなら桜木町HIPHOPグラフィティー(その6):ミツバチの羽音のごとく囁く男 | トムソーヤーに絵本読み聞かせ

さよなら桜木町HIPHOPグラフィティー(その6):ミツバチの羽音のごとく囁く男

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 その男は、事務所に入ってくるなり、探偵のことを「伊深」と呼んだ。

 正確には「イビュクワァ」というように聞こえたのだが、探偵はそのような名前を名乗ったことはない。

 男は、手ぬぐいで頬かむりをして、動物のような眼差しでこちらを見つめている。探偵は思わず「豆狸(まめだぬき)‥」と呟く。

 豆狸とはタヌキの妖怪で、じぶんの金玉に息を吹きかけると、八畳敷あまりに広がり、小雨の日などは、コート代わりに金玉を頭からかぶって酒の肴を買いにでかける。


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 男の声には、特殊なヴァイブレーションがかかっているらしい。

 ミツバチのブーンという羽音の振動とか、古いウィスキー樽の中で、濃厚な液体がポチャンと落ちた時に生じる響きとかに類する、

なにやら懐かしくて親密な感情を抵抗もなく抱いてしまうような独特な特質をもっていた。

 また、その声の響きは、日本人には捉えることのできない異国の発音で発声されているのか、

ロシアのきこりがウォトカを飲みながら、「アリョーシャ」とか「ペトローシュカ」とか呼びかけているような錯覚を生じさせた。




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 「俺の事務所には、イスラム教徒の亡霊やら、タヌキの妖怪やらしか来ねえのか‥」

 男は、虚妄か現実かしゃべりはじめる。

 「古いダチのミツぅの奴が、昔の仕事の分け前を持って今晩、M小学校の裏に現れる。あんた、アタシと一緒に行ってくれないか。もちろん、金は払う‥」
 





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※撮影はコシナ SUPER WIDE-HELIAR 15㎜ F4ASPHERICAL