関西に嫁に来て16年。

どうしても
どうしても

『しらんけど』の

立ち位置に慣れない真顔

会話が一区切りつく
タイミングで放たれる

「しらんけど」

千葉育ちの民としては

。。。しらんけどって

放りだされたようなぐすん
見放されてようなえーん
気持ちになりまして。

捨てられたような
淋しいような。

どうせあたいなんか。。。
どうせあたいなんか。。。

笑い泣き笑い泣き笑い泣き

と、世捨人になるわけで。

それをチョージョに話してみた。
伊丹に生まれ育って13年の女子。

するとチョージョは

「ちゃうねん汗

それな〜、

手紙でいうと

“ちゃうねん”が〈拝啓〉
“しらんけど”が〈敬具〉

みたいなもんやでビックリマーク

他の言い方で言うとな

「文の段落=ちゃうねん」
「文の終わりの「。」=しらんけど」

ってことで

そこは淋しがる
ところではない

こみゅにけ〜しょん
やんウシシウシシ

しらんけどっ。」


ははぁぁぁぁ。

ガーンガーンガーンガーン
そうなんですね。

奥が深い、深い。


勉強になります。