糖尿病患者への障害年金不支給は「違法」…月1回頻度で意識障害、地裁「生活に著しい制約」 : 読売新聞オンライン (yomiuri.co.jp)
血糖値を下げるインスリンが分泌されない「1型糖尿病」の女性患者が、障害基礎年金を受け取れないのは不当だとして、国に不支給処分の取り消しなどを求めた訴訟の判決が26日、東京地裁であった。岡田幸人裁判長は「障害の程度が重く、日常生活に著しい制約を受けている」と指摘。国の処分を違法だとして取り消し、年金の支給を命じた。
(7月27日読売新聞オンラインから一部引用)
先だって,大阪地裁においても,1型糖尿病にり患し、国民年金法に基づく障害基礎年金の支給を受けていた者に対してされた同法36条2項本文に基づく支給停止処分が違法であるとされた判決が出ています(大阪地裁令和3年5月17日判決)。
国民年金法
(支給停止)
第36条2項 障害基礎年金は、受給権者が障害等級に該当する程度の障害の状態に該当しなくなつたときは、その障害の状態に該当しない間、その支給を停止する。ただし、その支給を停止された障害基礎年金の受給権者が疾病にかかり、又は負傷し、かつ、その傷病に係る初診日において第三十条第一項各号のいずれかに該当した場合であつて、当該傷病によりその他障害の状態にあり、かつ、当該傷病に係る障害認定日以後六十五歳に達する日の前日までの間において、当該障害基礎年金の支給事由となつた障害とその他障害(その他障害が二以上ある場合は、すべてのその他障害を併合した障害)とを併合した障害の程度が障害等級に該当するに至つたときは、この限りでない。
大阪地裁の事案は,1型糖尿病にり患し,国民年金法施行令別表の定める障害等級2級に該当する程度の障害の状態にあるとして障害基礎年金の裁定を受けてこれを受給していたが,厚生労働大臣から,法36条2項本文の規定に基づく障害基礎年金の支給停止処分を受けるなどした原告らが処分の取消を求めたというものです。
大阪地裁の事案では提訴した原告のうち,停止事由が認められないとして処分が取り消されたのは次の一名のみでした。
(ア) 少なくとも3級に該当する程度の障害の状態であるか
証拠(乙E1)によれば,原告X5の平成28年7月12日当時の障害の状態について,次の事実が認められる。原告X5についてそれ以前に作成された診断書(甲E4,6から8まで)には,次の②の随時血清Cペプチド値の記載や同③の記載はないほか,同④については,一般状態区分表のイないしオに該当する旨の記載があるが,その他については特に異なる記載はない。
① インスリン療法によって生命を維持している状態である。
② 随時血清Cペプチド値は0.01ng/mL 未満である(検査日は平成28年6月16日)。
③ 意識障害により自己回復ができない重症低血糖は年20回あった。家族に糖質を摂取させてもらう必要があるような重症低血糖が月2回程度起きる。
④ 一般状態区分表のウないしオに該当する。血糖値により活動力が左右され,低血糖発作を起こすと,オの状態に移行する。
以上の事実によれば,原告X5の平成28年7月12日時点の障害の状態は,「必要なインスリン治療を行ってもなお血糖のコントロールが困難なもの」であり,「内因性のインスリン分泌が枯渇している状態で,空腹時又は随時の血清Cペプチド値が0.3ng/mL 未満を示すもので,かつ,一般状態区分表のウ又はイに該当するもの」に該当する。
したがって,原告X5の平成28年7月12日時点の障害の状態は,少なくとも3級に該当する程度の障害の状態に該当する。
(イ) 証拠(甲E4,6から8まで,12,乙E1,原告X5本人)及び弁論の全趣旨によれば,原告X5の症状,検査成績及び具体的な日常生活状況(主に平成28年7月12日前後のものであるが,それに限られない。)について,次の事実が認められる。
① 原告X5の症状をみると,意識障害により自己回復ができない重症低血糖は年20回あるが,糖尿病ケトアシドーシスや高血糖高浸透圧症候群による入院はない。
② 原告X5の検査成績をみると,平成28年4月から同年7月にかけての3回の検査において,食後3,4時間後の血糖値が51~306であり,随時血清Cペプチド値が0.01ng/mL 未満である。
③ 原告X5の具体的な日常生活状況をみると,次のとおりである。すなわち,原告X5は,平成17年3月に高校を卒業した後,ガソリンスタンドでアルバイトをしたことがあるものの,身体への負担が大きく数日で辞め,同年12月に婚姻し,平成18年4月に子を出産した。原告X5は,平成28年12月の支給停止処分に起因する経済面の不安のために,平成29年9月から軽作業の内職を始めたが,1日に3,4時間程度しか作業をすることができない。
(ウ) 前記(イ)の事情によれば,原告X5の意識障害により自己回復ができない重症低血糖の頻度は年20回であり,この症状は,3級に該当する程度の障害の状態と比較してやや重篤であるといい得る。また,検査成績は,血糖値が大きくばらついていて血糖コントロールの不良を示し,随時血清Cペプチド値が低く膵β細胞が大きく破壊されていることをうかがわせるものであり,3級に該当する程度の障害の状態と比較して重篤であるといい得る。さらに,原告X5は,高校卒業後ほとんど就労できたことがなく(そのような経過からすると,就労条件に特段の配慮を受けていたとしても就労することが困難であったと推認される。),平成28年12月に支給停止処分を受けたことから軽作業の内職を始めたものの,1日に3,4時間程度しか作業をすることができないものである。以上に加え,原告X5には前増殖期の糖尿病網膜症(単純期と異なり,レーザー光凝固術や硝子体手術による治療が必要になるところ(前記(1)オ(ア)),原告X5は右目についてレーザー治療を受けた(原告X5)。),糖尿病性歯周病,バセドウ病及び糖尿病性腎症の合併症があること(乙E1)等の事情をも考慮すると,平成28年7月12日当時,原告X5の身体の機能の障害又は長期にわたる安静を必要とする病状は,独力での日常生活が極めて困難で,労働により収入を得ることができない程度のものに当たるものであったものというべきである。
そうすると,原告X5の平成28年7月12日当時の障害の状態が,2級に該当する程度に至っていなかったものとは認められないから,支給停止事由があるものとはいえない。
逆に停止事由があったとされた原告の一人についての判示は次の通りです。
(ア) 少なくとも3級に該当する程度の障害の状態であるか
証拠(乙F1)によれば,原告X6の平成28年7月20日当時の障害の状態について,次の事実が認められる。原告X6についてそれ以前に作成された診断書(甲F4,7から9まで。なお,一部診断書等にある「M」は原告X6の旧姓である。)には,次の②の随時血清Cペプチド値の記載や同③の記載はないが(ただし,平成25年7月当時の診断書には,尿中Cペプチド値の記載がある。),その他については特に異なる記載はない。
① インスリン注射1日4回以上と頻回の血糖自己測定を実行しているが,高血糖や無自覚性低血糖等血糖の乱高下が認められ,血糖のコントロールは不良である。
② すい臓の固定機能障害であり,随時血清Cペプチド値は0.1ng/mL 未満である。
③ 意識障害により自己回復ができない重症低血糖は年3回あった。
④ 一般状態区分表のイ又はオに該当する。通常はイの状態であるが,重症低血糖発作を起こすと,オの状態に移行することがある。
以上の事実によれば,原告X6の平成28年7月20日時点の障害の状態は,「必要なインスリン治療を行ってもなお血糖のコントロールが困難なもの」であり,「内因性のインスリン分泌が枯渇している状態で,空腹時又は随時の血清Cペプチド値が0.3ng/mL 未満を示すもので,かつ,一般状態区分表のウ又はイに該当するもの」に該当する。
したがって,原告X6の平成28年7月20日時点の障害の状態は,少なくとも3級に該当する程度の障害の状態に該当する。
(イ) 証拠(甲F4,7から9まで,11,乙F1,原告X6本人)及び弁論の全趣旨によれば,原告X6の症状,検査成績及び具体的な日常生活状況(主に平成28年7月20日前後のものであるが,それに限られない。)について,次の事実が認められる。
① 原告X6の症状をみると,意識障害により自己回復ができない重症低血糖は年3回あるが,糖尿病ケトアシドーシスや高血糖高浸透圧症候群による入院はない。
② 原告X6の検査成績をみると,平成28年5月から同年7月にかけての3回の検査において,空腹時の血糖値が59~164であり,随時血清Cペプチド値が0.1ng/mL 未満である。
③ 原告X6の具体的な日常生活状況をみると,次のとおりである。すなわち,原告X6は,高校卒業後,専門学校に進学して保育士の資格を取得し,20歳になった平成15年4月に乳児院に就職した。原告X6は,正社員にはなれなかったものの,インスリン量を減らしてまめに補食をとったり,ほかの職員に断って休憩したり,子供たちの目に触れないように補食をとったりするなどして血糖をコントロールし,夜勤もしながら,出産前の平成20年2月まで勤務を続けた。原告X6は,平成20年3月に子を出産した後は専業主婦となり,平成30年までは1日に2時間程度の内職をしていたが,依頼先が火事に遭ったことにより,現在はその内職もしていない。
(ウ) 前記(イ)の事情によれば,原告X6の意識障害により自己回復ができない重症低血糖の頻度は年3回であり(なお,日別記録(甲F10)によれば,平成30年11月の1箇月間において,低血糖による動悸などで目を覚ましたり,入浴後に立ち上がることに困難を感じたりして,夫や子に頼んでジュースの蓋を開けてもらうなどして補食したことが3回あった事実が認められるが,これが意識障害により自己回復ができない重症低血糖の症状であったとまではいい難く,上記認定を左右するものではない。),糖尿病ケトアシドーシスや高血糖高浸透圧症候群による入院はないというのであり,この症状は,3級に該当する程度の障害の状態に至っておらず,検査成績は,3級に該当する程度の障害の状態と比較して特に重篤であるとはいい難い。また,原告X6は,血糖コントロールに苦労しながらも,高校卒業後,専門学校に進学して保育士の資格を取得し,夜勤もしながら5年弱の間乳児院で勤務していたものであり(勤務先においては,疲れたときに席を外して休憩したり補食をとったりすることができるという以外に特段の配慮や援助を受けた形跡はない。),平成20年3月に子を出産した後は専業主婦となっているが,上記乳児院で勤務していた頃よりも病状が悪化して日常生活がより困難になったことをうかがわせる事情は見当たらない。そうすると,原告X6には糖尿病網膜症(単純期)(ただし,矯正視力右1.2,左1.5),糖尿病性歯周病及び橋本病等の合併症があること(乙F1)等の事情を考慮しても,平成28年7月20日当時,原告X6の身体の機能の障害又は長期にわたる安静を必要とする病状が,独力での日常生活が極めて困難で,労働により収入を得ることができない程度のものに当たるものであったとは認められない。
以上によれば,原告X6の平成28年7月20日当時の障害の状態は,2級に該当する程度に至っていなかったものと認められるから,支給停止事由があるものというべきである。