判例時報2513号で紹介された裁判例です(東京地裁令和3年8月17日判決)。

 

 

本件は,亡Aを贈与者,Bを受贈者とすして,亡Aの全財産をBに贈与する旨の負担付死因贈与契約において,亡Aからその執行者に指定された原告が,銀行に対して遺産である預金の払戻しを求めたという事案です。

 

 

銀行側が払い戻しを拒んだ主な理由は次の通りです。

①公正証書によらない死因贈与契約により執行者が指定された場合,死因贈与された預金の払戻請求訴訟において,その執行者が原告適格を有する根拠はない。

②死因贈与契約は,贈与者が死亡すると同時にその効力が生じ,受贈者に権利が移転するものであるところ,預金債権が死因贈与された場合には,受贈者は自身で口座の名義変更や払戻しを求めることができるから,原告による本件預金の払戻請求(以下「本件払戻請求」という。)は,死因贈与の「執行に必要な一切の行為をする権利義務」(民法1012条1項)に含まれない。

③特定遺贈や死因贈与契約(贈与目的物が包括財産であるか特定財産であるかを問わない。)は,相続を原因とする包括承継である相続分の指定や遺産分割方法の指定と異なり,意思表示を原因とする特定承継であるから,民法が定める対抗要件具備に関する規律及び債権の譲渡禁止特約に関する規律が適用される。また,民法554条は,遺贈に関する規定と矛盾抵触する関係にない債権法の規律を排除しないものと解されるところ,遺贈については債権譲渡に当たらないために譲渡禁止特約に関する規律が適用されないとしても,譲渡禁止特約を債権譲渡に適用することを排除する遺贈に関する規定はないから,譲渡禁止特約が遺贈に関する規定と矛盾抵触する関係に立つということはできない。したがって,同条は,譲渡禁止特約に関する規律の適用を死因贈与契約から排除することを定めるものではない。

 

 

裁判所の判断は次の通りです。

 

 

①遺言執行者は,遺言の内容を実現するため,相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有し,遺言執行者がある場合には,遺贈の履行は遺言執行者のみが行うことができる(民法1012条1項,2項)ことから,遺言に係る財産の権利帰属その他遺言の執行の前提となる法律関係に関する訴訟については遺言執行者のみが当事者適格を有すると解される。そして,死因贈与契約においては,その性質に反しない限り遺贈に関する規定が準用される(同法554条)。遺贈に関する規定の準用が認められることからすれば,死因贈与契約の贈与者は,当該契約が公正証書によるか否かを問わず,当該契約によってその執行者を定めることができるというべきである。

 

②死因贈与の執行とは,死因贈与契約の内容を法的に実現する手段を意味するところ,本件死因贈与契約の内容である本件預金に係る権利のBへの移転を具体的に実現するためには,銀行が本件預金を払い戻すか,本件預金の名義人をBに変更することが必要であるから,銀行に対してこれらのために必要な行為の一つである本件払戻請求をすることは,死因贈与の執行に必要な行為として,本件死因贈与契約の執行者である原告の権限に含まれるというべきである。

 

 

裁判所は③の銀行の主張を認めて,払い戻しを拒否することを是認しています。

債務者である金融機関が預貯金債権の遺贈について譲渡禁止特約による無効を主張することができないのは,遺贈が,遺言者の遺言という単独行為によってされる権利の処分であって,契約による債権の移転をもたらすものではないことに由来するものである。そうすると,預貯金債権の遺贈の場合に譲渡禁止特約が適用されないことは同条により契約である死因贈与に準用される内容とはいえず,原告の主張は採用することができない。

 

 

死因贈与契約については遺贈の規定が準用されるとされていますが(民法554条),具体的にどの規定が準用されるかについては明らかではありません。

 

第554条 贈与者の死亡によって効力を生ずる贈与については、その性質に反しない限り、遺贈に関する規定を準用する。

 

裁判所は,死因贈与契約は,契約による預金債権の移転であって,この場合には遺贈と同様に扱うことはできず,因贈与に準用される内容とはいえないと判断をしたものです。