平成29年6月2日公布された改正民法において,協議を行う旨の合意による時効の完成猶予という制度が新設されています(改正民法151条)。
(協議を行う旨の合意による時効の完成猶予)改正民法第151条 権利についての協議を行う旨の合意が書面でされたときは、次に掲げる時のいずれか早い時までの間は、時効は、完成しない。一 その合意があった時から一年を経過した時二 その合意において当事者が協議を行う期間(一年に満たないものに限る。)を定めたときは、その期間を経過した時三 当事者の一方から相手方に対して協議の続行を拒絶する旨の通知が書面でされたときは、その通知の時から六箇月を経過した時2 前項の規定により時効の完成が猶予されている間にされた再度の同項の合意は、同項の規定による時効の完成猶予の効力を有する。ただし、その効力は、時効の完成が猶予されなかったとすれば時効が完成すべき時から通じて五年を超えることができない。3 催告によって時効の完成が猶予されている間にされた第一項の合意は、同項の規定による時効の完成猶予の効力を有しない。同項の規定により時効の完成が猶予されている間にされた催告についても、同様とする。4 第一項の合意がその内容を記録した電磁的記録(電子的方式、磁気的方式その他人の知覚によっては認識することができない方式で作られる記録であって、電子計算機による情報処理の用に供されるものをいう。以下同じ。)によってされたときは、その合意は、書面によってされたものとみなして、前三項の規定を適用する。5 前項の規定は、第一項第三号の通知について準用する。
これは,従来,債務者が債務の存在を承認しない限りは,債権者は訴訟提起などの法的な手続きを取らなければ消滅時効の完成を阻止できなかったのを,権利についての協議を行う旨の合意が書面でされたときには,時効の完成を一定期間猶予する(時効の完成猶予)という制度を新たに設けたものです。なお,従来,時効の完成を一定期間猶予することについては時効期間の「停止」と言っていましたが,改正民法により「完成猶予」という用語に置き換えられました。
例えば,2020年6月30日に10年間の消滅時効が完成する債権があった場合に,2020年5月31日に債権者が債務者に対し「債権の弁済についてて協議したい。」と書面で連絡し,同日,債務者が書面でこれに応じた場合,旧民法では,債務者の回答が「債務の承認」に該当するとされれば消滅時効期間はリセットされてその時点(2020年5月31日)から10年間の時効期間がスタートするか,仮に承認に当たらないとして債権者による協議の申入れが「催告」に該当するとした場合には6か月以内に債権者は訴訟提起等しなければ債務者は消滅時効の援用をすることが認められていました。
改正民法では,債権者と債務者が権利についての協議を行うことを書面により合意した場合には151条1項1号から3号までの期間に応じて時効の完成が猶予されることとされました。なお,メールによる合意についても書面による合意とみなされます(改正民法151条4項)。
前記の例で仮に協議期間が設定されていなかったとすれば,2020年5月31日から1年(2021年5月31日)の間は時効期間が完成しないということになります。なお,協議の合意がされた後,その続行の拒絶が書面で通知されたときは,その時点から6か月間(3号)と1号,2号の時効期間のうち最も早い時点まで時効の完成が猶予されることになります。2020年5月31日に協議の合意がなされたが,6月30日に協議の続行が書面で拒絶された場合は,2020年12月31日が時効の完成満了日となります。
協議の合意により時効の完成が猶予されている間に再度の協議の合意をすることもできます(改正民法151条2項本文)。但し,その期間は最大で,本来の時効完成時から5年間までとされています(同条但書)。前記の例でいえば,協議の合意を繰り返したとしても最大で2025年6月30日までということになります。
なお,気を付けなくてはならないのは催告との関係で,催告によって6か月間の時効の完成猶予の効果が生じますが(改正民法150条),催告によって時効の完成が猶予されている期間中に権利についての協議について書面での合意をしたとしても改正民法151条1項による時効の完成猶予の効力は生じないとされています(改正民法151条4項)。
内容証明により支払いの催告をした後に債務者から連絡があって協議しようということになり書面で合意したとしても時効の完成が猶予されるのは内容証明が債務者に届いてから6か月間までということになるので注意が必要になりそうです。時効期間の複雑化を避けるということなのかもしれませんが,実務上はよくあり得ることなのではないかと思われるので注意が必要ですね。。
なお,附則10条3項により,施行日前に協議を行う旨の合意をしていたとしても改正法の適用はありませんので,施行日後に改めて合意しておくことが必要です。特に,メールでやりとりしていたような場合には安心してしまうことが考えられますから注意が必要そうです。
(時効に関する経過措置)附則第10条3 新法第百五十一条の規定は、施行日前に権利についての協議を行う旨の合意が書面でされた場合(その合意の内容を記録した電磁的記録(新法第百五十一条第四項に規定する電磁的記録をいう。附則第三十三条第二項において同じ。)によってされた場合を含む。)におけるその合意については、適用しない。