判例時報2319号で紹介された事例です(神戸地裁平成28年7月29日判決)。

 

 

本件は,土地建物の所有者が不動産業者に対し売却したが,売買契約の約7~8年前に当該建物において売り主の母親が強盗殺人の被害者となり犯人が未検挙であるということを買主が知り,売り主に対して,そのことを告知すべき義務を怠ったとして損害賠償請求したという事案です。

 

 

売主は,事件や事故があったことを買主側から質問されたことはなかったとかそのような事件があると売買価格が下落するということを知らなかったと主張しましたが,裁判所においては認められず,売買対象の不動産において強盗殺人事件が発生しているという事実は売買の成否や価格に影響を与えるものであり,ましてや,売主は被害者の子であるからそのことを知らなかったということはあり得ないのであるから,売主はその事実を告知すべき義務を負っていたと判断され,事件があったことを前提とした市場価格と高く購入させられた売買価格との差額を損害として賠償が命じられました。

 

 

不動産の売買や賃貸借において,自殺や殺人といった事件があった場合に,そのことを告知すべき義務があるのか,「隠れた瑕疵」として契約の解除や損害賠償請求ができるのかということは時折問題となることですが,抽象的に告知義務等があるとはされているものの,具体的な基準について法令や通達などで明確にルール化されているわけではないので裁判例によって判断も別れ得るところであり現場では対応に苦慮するところもあるようです。

 

 

裁判例としては,

・約8年前に殺人事件があった建物は売買契約時にすでに取り壊され土地のみの売買であったものの売り主の責任を認めた事例

・売買契約の約1年前に当該不動産の元所有者の娘が睡眠薬自殺を図ったものの死亡したのは建物(マンション)内ではなく病院であったという事案において,報道等もなくほとんど知られていなかったとしても「隠れた瑕疵」に当たると判断された事例

・約50年前に発生した猟奇殺人事件の舞台となった農山村地帯における不動産について「瑕疵」とされた事例

などがありますが,本件の事例と比較すれば,いずれも限界的な事例のように思われます。

 

 

他方で,

・約7年前に母屋と廊下でつながれた別棟での首つり自殺があったが契約時には当該建物はすでに取り壊されていた事例

・8年前に共同住宅内において焼身自殺があったものの,その後解体され駐車場として利用されていたという土地の売買の事例

などにおいては売り主の責任が否定されているところです。