判例時報2271号で紹介された事例です(東京地裁平成27年1月16日)。



高齢者虐待防止法では、虐待された高齢者に生命身体の危険が生じている恐れがあると認められる場合は自治体による一時保護(施設への入所など)を取ることができる旨を規定しています。



本件では、長女と暮らしていた高齢者がショートステイで施設に入所したところ、ホームの職員が高齢者の体に痣があることを発見したため、虐待の可能性があると判断し、自治体に通報し、虐待通報を受けた後の保健師による高齢者に対する聞き取りでは、高齢者が「娘に蹴られた」「世話になっているから仕方ない」「殺されちゃうよ。」と言っていたことなどが認定されています。一方で「不注意で」とか「車に乗るからね」という発言もしていたということです。

高齢者を病院に連れて行ったところ、診察した医師は「虐待によるとは断定できない」「(本件高齢者は)認知症と思われるのでその意思が判断しにくい」という意見も述べていたものの、虐待の疑いがあるものとして病院から警察に通報することとし警察に通報がされました。警察で、痣の原因や誰がしたのかという問いに対して、高齢者は「家にあったもので殴られた」「蹴られた」「娘だね」といった受け答えをしていたとのことです。

その後、警察署で痣の写真撮影などが行われ、虐待の疑いが発見された翌日には自治体による一時保護として別の施設(長女に場所が分からない)に移転させたというものです。本件高齢者の要介護認定での本件約8か月前に行われた診断書などでは、短期記憶は問題なしとされ日常の意思決定を行うための認知能力は自立とされており、特に認知症の周辺症状については認められていなかったようです。

自治体では、一時保護措置から2日間は長女には一時保護の措置が取られたことは連絡せず、長女に知らせた後は、長女と面談をしたり、自宅を訪問するなどしたりした後、一時保護措置から4日後には措置を解除して高齢者を自宅に戻しました。



自治体が一時保護措置を取ったことなどについて長女が自治体を相手取って国賠請求したというのが本件です。

長女側の具体的な主張の一つとしては、高齢者虐待防止法の規定を受けて厚労省ではマニュアルを作成しているところ、本件のように、緊急性が認められた後の対応として、擁護者等から事情を聴取することが義務付けられているのに、本件では一時保護措置から2日間、自治体が長女に連絡をせず、事実確認等を怠ったというものがありました。




この点について、裁判所では、マニュアルの法的性質について、高齢者虐待防止法の委任を受けて作成されたものではなく、そこに記載があることが直ちに自治体職員の義務となるというものではないとし、虐待防止のための自治体職員が取る対応、措置は合理的な裁量にゆだねられており、著しく不合理であるような場合でなければ違法とはならないと判断しました。

そして、本件では、前記のような事情からすれば、自治体職員が行った対応に問題はなく、一時保護措置後に長女に連絡しなかったことについても、そのような連絡をすべきことを定めた法規もなく、伝えることで連れ戻しの危険が発生することなども考えると、長女に一時保護措置を取ったことなどを伝える時期などについても広範な裁量の範囲内のものであったとして違法ではないとしました。




また、長女側では、自治体の長女に対する事情聴取や説明するべき義務は、行政の一方的な判断によって家族を奪われるという不利益処分であるから、行政手続の一般原則に従って当然に認められるものであると主張しましたが、裁判所では、児童虐待における親子の関係とは異なり、高齢者に正常な判断能力を欠き養護者(本件の長女)が後見人に選任されているような場合を除き、養護者は成人である高齢者に対する監護権を有するものではないから、一時保護措置が養護者に対する不利益処分には該当しないと判断しました。






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