わたし

ずーーっと要領よく生きたかったの。



マルチタスクで

いろんな物事を進められる人に憧れていたし

無駄なく進めていける人になりたかった。



というのも



わたしは要領が悪くて

それは

ダメなことだと思っていたから。



だから

誰よりも知識を持たなくちゃ!とか

賢くなきゃ!とか

頭の回転が早くなるにはどうするか?を常に考えていた気がする。



遠回りなんてだめ。

常に

常に

近道を選んで

突き進まなきゃ!!と

力が入っていたもの。



そんな行動を

人生の基盤にしていたわたしが



遠回りは人生の糧になるし

なんなら近道でしかないやん…



と、思わざるを得ないタイミングがあった。



それは

「今までの経験が全て繋がってる!」と

感じたことからだった。



わたしは

子どもが生まれて

18年続けた看護師を辞めて

子育てのノウハウを伝える協会のインストラクターになった。



そうした理由は

子育てで自分に嫌気がさしたことと

このままやと

子どももわたしもアカン気がしたから。



でも

インストラクターで活動する中で

ノウハウだけではうまくいかないだけでなく

嫌な自分の一部を見たことから

自分を知るために

心のことを学ぶようになった。

全ては自分の心が世界を創り出すと知って

その宇宙の真理法則に深くハマっていった。



その学びを活かし

セッションをしていたけど

わたしの中で

おかあさんと子どもというキーワードが

どうしても抜けなくて

どちらも叶えらると思った

しあわせなおかあさん塾に入り

今はそこで認定講師として活動をしている。



あとは

幼少期より

好きで描いていた絵を

人にプレゼントして喜んでもらえてから

その人にあった絵を

インスピレーションで描くというサービス提供も始めた。



そう



ここには書き出してないけど

看護師やめてから

いろんなセミナーに参加して

ジプシーでもあったし

かなりの

遠回り(笑)笑い泣き



でも

実は

その遠回りは近道で

なんなら全てわたしの糧となっていたと気付いたのよ。



看護師をしていたから

人の話を聴くことは上手くなったし

自分の言葉の表現の幅を

ぐっと広げられたし

いつ死ぬかわからないなら

今を生きることを大切にしたいと思えた。



協会のインストラクターをしていたから

ノウハウだけでなく

おかあさんの心が大切だと気付いたし

なんなら

おかあさん自身も苦しくて

どうしようもないことにも気付いた。



心のことを勉強したから

相手の話を聞きながら

意図的に質問する術を知ることができたし

相手を信じる

わたしを信じるきっかけをもらえた。



絵を描くことで

努力してできることだけが

価値があるんじゃなくて

当たり前にできることも

価値があって

わたしそのものが

そのままでも価値があるんだと思えた。



いろんなところにジプシーしたおかげで

結局

自分がどうありたいか?が

全てにおいて大切なんだと気付くこともできた。



すごく遠回りだったけど

わたしは死んでもきっと後悔しない生き方を

常に意識できるようになったのは

何を隠そう

この遠回りに見える近道をしたからに違いないと思ってる。



遠回りって

全てが無駄になってると思っていたけど



遠回りって

それだけわたしが行動して

経験値を積んだんだと思うと

全てが糧でしかないと思うようになったら



わたしは

わたしに最高な経験をさせてあげられた!と思うんだよね。



人生無駄なんて

ひとっっつもない真顔



なんなら

わたしという人間の器を広げてくれるものでしかないものだなぁと思うのです。