文章を読むことを諦めていた女の子の受験を乗り越えるまでの軌跡です。


前回からの続きです。


  親子二人三脚


彼女とお母様は、こちらのアドバイスをすべて素直に受け入れ、コツコツと努力を続けてくださいました。


どれだけ良いアドバイスであっても、それを実践し続けることは決して簡単なことではありません。


それでも、お二人は本当に真摯に学びに向き合い、歩みを止めることなく取り組み続けてくださいました。


お母様は、「私にできることがあれば教えてください」と、いつも謙虚にアドバイスを求めてくださいました。


少しでも彼女の力になろうと、できる限りの関わりを続けてくださいました。


そうして彼女は、少しずつ「文章を読む」ということの意味を理解し始めました。


もともと読書習慣がなかった彼女でしたが、「文章を読めることの面白さ」を感じるようになると、自分から本を手に取るようになりました。


「読書が嫌いだったのではなく、読んでも意味がわからなかったことが原因だったとは、親として反省するばかりです。」
と、お母様は謙虚に受け止めていらっしゃいました。


  学習を支えるもの


どんなに素晴らしい学習方法があっても、子どもが安心して努力できる環境が整っていなければ、その効果は十分に発揮されません。


日々の学びを支えているのは、目に見える教材や方法ではなく、子どもが「自分は大丈夫」と思える心の土台なのだと思います。


彼女が苦しい時期にも投げ出さず、最後まで努力を続けることができたのは、お母様の寛容さと、揺るがない支えがあったからです。


「前向き」とは、良い結果だけを期待して突き進むことではありません。


思うようにいかないときにも焦らず、その子の今の姿をそのまま受け止め、信じて待つ姿勢でもあるのだと思います。


成績というのは、いつも順調に右肩上がりに伸びていくものではありません。時には停滞したり、下がったりすることはあります。


けれども、そうした波を含めて受け止め、焦らず見守るお母様の姿勢が、彼女にとって大きな安心につながっていたのだと思います。


また、テストを見るときには、点数や偏差値だけでなく、「何ができるようになったか」に目を向けてほしいということをお母様にはお伝えしていました。


お母様はその視点を大切にし、結果に一喜一憂することなく、彼女の「できるようになったこと」に目を向けながら、温かく見守り続けてくださいました。


彼女が最後まで懸命な努力を続けることができたのは、お母様がどんな時も嘆いたり、落ち込んだりすることなく、大きな心で彼女の成長を信じて、明るく前向きに寄り添い励まし続けてくださったその支えがあったからこそだと思います。


  受験をゴールにしない学習


6年の秋、過去問に取り組み始めた時は第一志望校も第二志望校もまだ2割から3割程度の得点でした。


それでも焦ることなく、過去問に取り組みながら過去問だけに偏ってしまわないように気をつけました。


その学校特有の出題形式に引っ張られすぎることがないよう、これまで通り、文章を丁寧に読み進める「精読」の時間も大切にしながら、読解力そのものを育てる指導を並行して続けました。


時間をかけて、彼女は一題一題、文章と真剣に向き合い、少しずつ読み方の感覚をつかんでいきました。


当初、彼女は読むことだけでなく、書くことにも不安があり、模試の記述には手をつけていませんでした。


私は指導の中で、「書ける」技術だけを教え込もうとしても、自力で書けるようになることは難しいと感じています。


書けるようになる為には、書く為の技術を教えると共に育てていかなくてはならないものがあります。


それは「自分は書けるんだ」という感覚や自信といった、心の土台です。

これは低学年でも受験生でも共通していることです。


間違えても大丈夫。ひとかけらの言葉でいいから少しずつ。


ほんの一言でも、自分の言葉で書いてみる勇気を育てていくことがスタートです。


そうして彼女は少しずつ、問いに向かって自分の考えを言葉にしようとする積極的な姿勢を見せるようになりました。

すると、模試でも記述問題に挑むことができるようになっていきました。


  受験を乗り越えて


たゆまぬ努力を重ねて、入試直前に取り組んだ第一志望校の過去問では、合格ラインとなる6〜7割の得点を取れるようになっていました。


いよいよ入試が始まると、彼女は毎回、自分で電話をかけてきて合否を報告してくれました。

結果がどうであれ、きちんと自分の口で伝えようとする姿勢から、ひとつの入試を終える毎に成長を感じました。


そして、第一志望校の発表の日。


その日は電話に出た瞬間、声を聞く前に泣いていたことがすぐに分かりました。


彼女は潤んだ声で報告してくれました。


それは残念な結果でした。


辛い結果を受け止めた苦しさの中でも、きちんと報告をくれた彼女の誠実さと直向きさに胸が締め付けられる思いでした。


「すごく頑張って来たのに、合格に導いてあげられなくて、本当にごめんね……」 


私がそう伝えた時、彼女はすぐに言葉を返してくれました。


「国語は最後まで文章、ちゃんと読めたよ。

記述の1問だけ時間が足りなかったけど、それ以外は全部解けたんだよ。

国語はできたんだよ。」


驚きました。過去問ではここまでやり切れたことはありませんでした。


本番という緊張の中で、自分の力を信じて、文章を最後まで読み切り、考え抜くことができた。

彼女は、最後の最後まで伸び続け、自分の努力の成果を出し切ったのです。


たとえ結果が伴わなかったとしても、自分の成長をしっかり受け止めて報告してくれたことに胸がいっぱいになり、私の方が涙が溢れました。


結果としては第一志望校の合格には惜しくも届きませんでしたが、第二志望校には合格することができ、お母様とともに晴れやかな笑顔でお礼のご挨拶に来てくださいました。


  受験の先につながる成長


受験は「合否」という結果を残酷に突きつけるものです。その結果を受け止めることはとても苦しく辛いものです。


でも、それだけがすべてではなく、むしろ大切なのは「その先につながる成長」です。


彼女は、国語の学習を通じて「言葉を学ぶことの大切さ」「文章を読むことの面白さ」を実感してくれました。


彼女は受験が終わった後も、自分の課題をしっかり見つめ、過去に抜けていた4年生の漢字の学習に戻り、さらに言葉の力を積み上げようと努力を続けていると報告してくれました。


  点数よりも大切なもの


中学受験の取り組みの中では、「とにかく点数を取ること」が最優先されがちです。


しかし、目先の点数のためにその場しのぎの対策やテクニックを施しても、それは本質的な学びにはつながりません。


本当に大切なのは、目の前の点数ではなく、その子自身の成長であることを決して忘れてはいけないと思います。


そしてどの子にも伸びようとする力があります。


中学受験は、子どもたちが大きく成長するためのかけがえのない機会です。


その成長を支えるのは、関わる私たち大人の役目であり、目先の結果のために子どもの成長を足止めするようなことがあってはならない――そう強く思うのです。


受験を通してその先に繋がる力を育てること。

その子の成長する力を信じること。


「信じる」とは、大人の望む結果を期待して求めることではないと思います。


子どもが自分の力で乗り越えようとする、その歩みの過程を信じて見守ること。

その子の中にある成長する力を信じて寄り添うこと。


彼女がお手紙にしたためてくれた言葉。

それは、本当に大切なことを忘れてはいけないと、私に教えてくれました。


これからも大切なことを心に刻み、ひとりひとりの成長に寄り添っていきたいと思います。