シェルパ君は運休、峠の湯は休館
今回の旅は付いていない旅で終わるのかな?
そんな時「DL・SLレトロ碓氷」号が臨時で
高崎 横川間を運転し高崎へ帰る準備を
していたのです。なんと神様 仏様
かっこいいですね。D51 498 号です。D51は
1115両と我国最大の生産量を誇り、本線向けで
スピードが出て、牽引力があり テンダー車を
牽引することで燃料や水の補給をこまめに
する必要が無い扱いやすい機関車です。
よってここ横川でも石炭や水の補給施設が
無くても高崎まで帰れるのです。
ホームの高さより動輪の高さのほうが高く
頑丈そうで迫力満点です。
釜の蓋を開けると石炭がマグマのように
真っ赤になっているのが確認できます。
この熱が水を蒸気に変化させ噴出し
圧力で列車を動かして行くんですね。
牽引される客車もまた昭和ですね。
ぶどう色2号という国鉄当時の色で
ぶどう色(デラウエア)の色なのか?
戦後進駐軍が接収して指定したミルクチョコレート
色が始まりだとか、SLの煤煙やブレーキの鉄粉が
車体に付着して外観を損ねないようにとか
諸説あるそうです。
扉のガラスの形も1枚だったり2枚だったり
製造年や工場で特徴があって味がありますね。
停車中の電車は湘南色と言われますが
オレンジ色はみかん 緑色はその葉の色と
言われているんですね。こう見ると車両の色も
考えて塗られているんですね。
この列車は全車指定席ということで指定券を
買わないと乗れないのです、こうゆうイベント
列車は鉄っちゃんがすでに席を押さえている
のでしょうけれども、ダメもとで駅員に聞くと
「席は空いてます、指定席券は車掌から買って
下さい」ですって、駅なんだから端末を叩いて
キップ発行してくれるのが普通だと思う
のですが「車掌が30分前に来るから」
汽車が出発する30分前まで、鉄道文化むらで
見学 出発進行
廃線当時に使用されていたEF63という機関車の
運転席内部ですね、電車でGO の運転レバーとは
だいぶ違います、重量感たっぷりですね。
学科講習を受けると旧信越本線上を運転できる
ことができるようですが、オートマはないので
しょうか?
急行用食堂車に来ました。テーブルとイス
先ほどの松一食堂のようにシンプルですね。
同系の車両は、北陸トンネルで火災を起こし
安全面の対応で全廃となった悲しい過去を
もった車両なのです。
急行用3等寝台車で3段式なんです。
寝台幅は52cmと身動きできない状態です。
当時は機関車のスピードが出ず目的地まで
時間がかかり寝台車を利用する方が
多く大量輸送が必要だったんですね。
3段式の上段はクーラーが天井から出っ張って
下段と比べると更に空間は狭かったようです。
しかし、まだ寝て行けるだけ良かったほうで
この寝台車に通常のボックス席車が連結され
座って夜を越すなんて普通だったようですね。
これがアプト式の機関車側の下部ですね
線路の中央のギザギザに走行中にこの
歯車を噛み合わせる技術は横軽の機関士の
腕の見せ所だったようです。
このアングルは先ほどの湘南色のとなりの
機関車の1号機からなんです、右側は全然
見えないし左下だってほんの少しですね。
TVでよくオーバーランしたなんて放送して
していますが、この状態ならそうなると
思いましたね。
鉄道文化むらの見学も終わり横川駅に戻って
来ました、30分前車掌がいました 指定席券を
発行してくれたんですが、何号車の何番席という
のがなく そこに座っていてもし乗客が来たら
別の席へ移動してね だって そうゆうものなの?
文句は言いません、当日に乗れたのですから。
高崎へ向かって出発進行
長らくのご乗車ありがとうございました。
次の停車駅は 長野 です。















