着信6 2 | PLUTO KISS

着信6 2

これに従って進めということなのだろうか。
宝条は光の筋に従って足を進める。
しばらく進むと、光の筋は途中で屈折し、路地裏へと進路を変えた。
路地裏に向かって伸びていく光を追っていくと、そこには一件の廃墟になっているバーの物件。
光は扉の向こう側に続いている。
宝条は扉を開けてみた。
室内は至って何処にでもある普通のバーをさほど変わりはない。
中央にあるテーブルの前まで歩みよると、突然指輪は割れて砕けてしまった。
「葉月の指輪が・・・。」
砕けたのと同時にテーブルの下の板がスライドして地下へと続く階段が出てきた。
「進めってことか・・・。」
階段を下りて地下へと辿り着くと、地上への入り口が閉まってしまった。
――・・・雰囲気が違ってる・・・ここからはレベルが違うぜ。気をつけろ。危ないと思ったら、すぐに俺と入れ替われ。――
「ああ、わかってるよ。頼りにしているよ、宝条。」
――豊穣・・・――
「なんだい?」
――・・・お前は・・・どうして俺を選んでくれたんだ?――
「・・・どういう意味?」
――研究所で死亡してからお前を連れて脱走しただろ、あの後、俺とお前はひとつになった。その時、どうして俺を選んでくれたのか・・・不思議で。――
「君も今更なことを言うね。そんなの決まっているだろう?」
前方から近寄る気配に、宝条は重剣を構えて先にいる何かを捉えながら答える。
「友達だから。」
宝条は踏み込んで何かを切り捨てた。
跳ね返ってくる返り血は明らかに血ではない何か別の物質の異臭。
「・・・どうやら入り口からずっと『失敗作』が放置されているんだろうね。」
――元は人間だった・・・彼ら。――
「原型を留められていないのは過剰なまでの細胞の投与だろうね。同じ生体反応を感じる。」
――・・・・・・なあ――
「何?」
戦い続ける宝条に、内なる宝条が重い口を開いた。
――信じたくはないんだけど・・・街を潰そうと考えている社長のところに向かっているのに、どうして俺たちと同じように魔物になってしまった人間がここに大量繁殖してるんだ?それってさ・・・もし、俺の推測が間違ってなければ・・・――
「社長は、プロジェクト・アルカナムの関係者・・・?」
いや、ありえるかもしれない。
クロノス自身プロジェクト・アルカナムの関係者と言っていたくらいだ。
組織が存在しても別に不思議なことではない。
じゃあ、社長も魔物化している・・・?
「プロジェクト自体は研究所が潰れたのを60年くらい前にみているから研究は行われていないと思う。あの時研究員も研究材料も器具も全て瓦礫の下に埋もれていったのを僕は見ている。」
――だが、社長がおし研究材料の一部である『細胞』を持っているとすれば?――
「でも細胞は直ぐに使用しないと細胞自体が死んでしまう。」
――ウォールのブラックマーケットで稀にマーケットの長が配布してくれる薬物。――
「・・・煙草や錠剤の中に細胞を練りこんでいるってこと?」
――生前だが少し聞いたことがある。細胞を薬物に練りこんでそれを吸わせたり服用させていると、麻薬とは違う症状が出てくるらしい。麻薬は快楽、幻覚、幻聴
など。でも細胞を摂取すると、快楽なんてこない。来るのは突然の殺意。――
その言葉を聞いて考える。
思えば入社してすぐの頃の社長は温厚ですこしふざけていたりして、明るく優しい人だった。
だが、突然殺戮を望みだした。
――昔投与された人間の症状とよく似てた。――
「だとすれば・・・社長を排除しなくちゃいけない。」
宝条は道を突き進んだ。
社長のもとに辿り着くまであと少し。


開け放たれたままだった窓から風が入ってきて、デスクの上の資料が床に散らばった。
それらを拾い上げようとした四方。その時、宝条の次回の仕事内容が書かれていた資料が目にはいった。
「・・・なんだか・・・胸騒ぎがする。」


もう、四方にはこれから起こる運命が感じ取れていたのかもしれない。


「ふふふ・・・これで私の芸術品は完成する!!」
高らかにそう宣言しながら笑う社長のもとへ、宝条はやってきた。
宝条の気配に気づいてか、社長は振り返ると満足そうに微笑んで、「待っていたよ。」と言った。
「・・・社長、あなたもしかして・・・。」
「君たちと同じさ。私の時も、あの日から止まったままだ!」
そういいながら試験管の中に入ったものを見せてくる社長。
それは、宝条と豊穣を魔物の身体に作り上げた主犯。
「アルカナム細胞・・・通称、A細胞。」
「やっぱりあなた・・・。」
「心地いい・・・殺害を目的に活動する魔物の本能・・・君たちはこんなにも素晴らしい快楽の中で生きているのか!」
その言葉にカチンと来た。
気がつけば宝条の身体は社長のすぐ目の前まで移動して、重剣の切っ先を社長の顔に突きつけていた。
「僕らに殺害本能なんてない。」
「それは勿体ないことだ。何故殺さない。殺す快楽を与えられた特別な身体をお前は持っているんだぞ。それに・・・」
言葉の続きをいいながら、社長は宝条の身体を引き寄せると、背中に手を回し、背中に腕を突き刺し、肉をえぐりながら、中にある何かを掴み、引っ張り出した。
「ああぁっぁあああああぁああああああッ!!!!!??!」
「私は失敗作だ・・・ただ殺害本能だけが定着した不安定な魔物・・・だが、君たちは本物の魔物。翼は魔物の証だ。」
宝条の背中からはダークブルーの翼が生まれた。
それが、魔物の証。
(翼があるだけで魔物の証・・・ね。)
「翼は、自由を求める象徴だ。魔物の願いはただ一つ・・・・・・人間になる。」
――ああ、俺たちは人間になるんだ。――
「身体こそ、もう人間から離れていっている。けれど、それでも人間でありたいと願う魔物の願いは・・・全てを消し去り、再誕を望むこと。」
――次は人間でありますように。と。――
二人は共に重剣を握り、そのまま社長に向かって振り下ろした。
このまま彼を生かしておいても、結局はまた同じことを繰り返してしまうのだから。
ならばせめて。
そう思って振り下ろしたのに。
「っ・・・はぁ・・・ああぁぁあぁああ・・・!!!!!」
奇声を上げながら崩れ落ちる社長の声に反応するかのように社長の背後にあったポッドのロックが解除された。
溶液を溢れ出しながら、開いたポッドからは、ひたっ・・・ひたっ・・・と、何者かが歩いてくる音がする。
「・・・・・・うそ・・・。」
――これって・・・!――
ポッドから出てきたのは、まだ幼さの残る少年。
短髪の深緑色の髪の毛の下から赤い瞳を覗かせて、こちらを見据えている。
「・・・僕・・・だ。」
それは、死んだはずの自分自身だった。
「・・・どうして・・・僕が・・・?」
目を白黒させて、自分の昔の姿から目が離せないでいると、社長が今にも事切れそうな様子で最後の言葉を紡いだ。
「・・・君の死体を試験的に・・・ポッドで・・・育成・・・させた・・・見事なまでの・・・回復力・・・・・・・・・君は最高の適合者だ・・・。これが・・・私の最高の・・・芸術品・・・・・・フラッド・・・。」
そのまま息を引き取った社長。同時に昔の自分が宝条に向って炎を放ってくる。
咄嗟に重剣で防いでみせるものの、あまりの火力に耐えきれず、重剣を抑えきれなくなりそうになる。
「っ・・・!!」
――相棒ッ!!代われ!お前には無理だ!!――
「・・・いいや・・・無理なんかじゃないさ・・・。」
――力負けしてんじゃねぇか!!幾ら細胞摂取して身体が魔物並みに強くても、ポッドで長い間育てられたアイツの方が力は強いんだぞ?!それに長時間お前が表に出てるんだ!そろそろ精神力が尽きちまうぞ!!!そんなことになったら、お前はもう・・・!!――
「・・・もう1人の僕・・・。僕は、あの身体に戻って、君にこの身体を返そうと思う。」
――相棒・・・?!――
「・・・僕は長く君の身体を借りすぎた。」
――だが・・・そんなことしてもし、拒絶反応起して魂自体が結びつかなかったら・・・!!――
内なるもう1人の自分の言葉に、宝条はただ薄く笑って、重剣を地面に突き刺すと一言。
「・・・その時は迷わず切り捨ててくれ。長い間、ありがとう。僕は、僕の物語に、決着をつける。」
そう言って、宝条の身体から何かが光となって飛び出して、昔の自分・・・豊穣光の中へと溶け込んでいった。
「・・・相棒ぉぉぉおおおおッ!!!!!!」
豊穣が居なくなった宝条の身体には、本来の身体の持ち主である宝条が表に戻ってきた。
目の前で、豊穣が内部で何かと戦っているのか、豊穣は奇声を上げながら、背中から血飛沫をちらせ、白い翼を広げた。
その翼は既にボロボロで、羽が飛び散った。
「・・・相棒・・・。」
「・・・・・・。」
無言で豊穣は自分の手をサーベルへと変えると、宝条へ向って飛び掛った。
宝条も咄嗟に重剣を引き抜き、攻撃を受け止める。
お互いの顔が近くなり、見つめあいながら剣を交える際、見えた豊穣の表情。
顔は苦痛で歪んでいた。
空いた片手で頭を抑えながら、攻撃を仕掛けていたのだ。
「・・・うっ・・・あぁぁっ・・・・!!・・・・魔物なんか・・・に・・・!!」
「なりたくないんだろ?分かってる。俺もなりたくない。」
零れた言葉とは裏腹に、無常にも繰り出される豊穣からの攻撃。
ただ宝条は、それを受け止めてやることしかできなかった。
だが、突然豊穣の動きは止まり、口から血を吐き出し、うずくまる。
突然の事態に動揺を隠せずに宝条が様子を伺っていると、豊穣の身体から産み落とされる魔物の子供。
触手を張り巡らせ、豊穣に取り付いていく。
「嫌・・・だ・・・嫌ダ・・・嫌だァァアァァ!!魔物になんかなりたくない!!!」
魔物ではなく、豊穣光の心からの叫び声。
自分が魔物に近づいていく恐ろしさに、もう彼はただ涙を流し、必死に抵抗するしか出来なかった。
どんなに振り払っても、身体に纏わりついてくる触手。
宝条も最初は触手を取り除き、魔物の子供を倒すのを加勢していたが、とてもじゃないが追いつけない。
「・・・・・・相棒。」
「・・・もう1人の僕。」
そっと手を繋いで、宝条も彼と共に触手に取り付かれていく。
「・・・大丈夫。もう、大丈夫。ここで全てを終わらせてあげるから。」
次第に薄れていく豊穣の意識。
瞳の色が濁り始めていたのに宝条は気がついていた。
もうすぐ「人間の豊穣光」は死んでしまう。
「でも、決して1人にはしないから。」
「・・・あり・・・がとう。」
完全に触手に取り囲まれた二人。
その中で、宝条は最後のメールを打った。
「・・・さぁ、相棒。力を解放して。」
「・・・僕の細胞、全部、使って・・・。」
触手の中で二人の身体が触れ合うのと同時に眩い輝きを放ちながら、激しい爆発を起した。
爆発は施設内全てを焼き払い、厄災の全てを消し去った。

カランッ・・・

Edgeの社章ロゴのついた任務用の携帯がその場に落ちた。