身内に不幸があり、名義変更、相続等の手続きに忙殺された。

突然の変化に呆然とした身に有難かったのは市役所。

おくやみコーナー」が設置され、当面の手続きが一か所に束ねられた。ここに来れば一つ一つの手続きについて、どこに行ってどうすればいいか教えてくれる。終わればまたコーナーに戻って係員のサポートを受けることができる。


        


以前は「あっちに行って、こっちに行って、、」の指示ばかりで、お役所仕事の典型だったが、ずいぶん楽になったものである。これはいいとして、困ったのが元号。

当日の日付や生年月日など一枚の書類に何か所も記入するところがある。
私は高校卒業以来元号は使うたことがない。(やむを得ず使わされたことは何度もあるが、、、)そこでいちいち西暦で書いてもいいかと聞くわけである。

元号を使いたくない旨を伝えると、空欄にしておくよう指示されるか、西暦を認めるところに分かれた。どういう基準で対応が異なるのか分からぬが、、、。
                                  


何課やったか一か所だけ不機嫌な顔で頑強に元号使用を指示するところがあった。この時はさすがに頭に来たが、2時間経過していい加減疲れたのでしぶしぶ従うた。
別の手続きで同じフロアーに待機しちょると、その女性職員が退勤する様子が目に入った。妊娠なのか、年休なのか、結局面倒なことに関わりたくなかったのだろう。

 

元官公庁で今は民営化された某社の保険の関係でも、担当者が家に来て手続きをしたのだが、元号不可の旨伝えると上司に電話して判断を仰ぎよった。結局認められたが、現場で対応できんとは元号を拒否する人がよっぽど少ないのであろう。
 

嫌な思いをしたのは銀行である。
故人の死亡を知らせると同時に口座が凍結され、出し入れが出来んごとなる。それから名義変更、相続の手続きをして凍結を解除するわけであるが、例によって日付を書く欄がたくさんある。いつも通り元号不可の申し出をした。

 

初めに「平成」を打ってある書類を出したが、これではまずいことに気付いたようで「~年」とだけ打ってあるところに「令和」のゴム印を押した書類を引っ張り出して押し付けがましい態度で、「ここに元年と書いてください」と鉛筆で指示した。

 

          

 

普段の銀行員の慇懃な態度とは打って変わった高圧的な姿勢。金を引き出せるごとしてやると恩を着せるつもりなのか、、。

 

後日別の担当者が自宅に来た時に、彼女の非礼を指摘すると同時に元号不使用の理由を述べた。元号は国会答弁にもある通り、義務ではなく、だれからも強制されるいわれはない。国際化で外国人の比率が高まる一方の現在、不便で不合理な元号を強制することは誰にとっても不当であり、企業として自分の首を絞めることになると、、。

 

担当者はいったん銀行に帰り上司に指示を仰いだ後、今度はゴム印のない「~年」だけの用紙を持ってきた。おそらくどの企業も天皇退位、年号変わりに伴う対策として「平成」印字の用紙を破棄し、当分の間に合わせとして無年号の用紙を用意した後、元号が確定してからは「令和」印字の用紙に替えたのであろう。初めから無年号を出せばよかったのだ。

 

                                                       

 

元号は中国に始まる。中国皇帝が暦を頒布し、元号を定めた。およそ天下の百姓は何人といえどもこの暦に従い暮せということである。

つまり皇帝は天下ばかりではなく時間をも支配した。皇帝のみが許される特権だったのである。日本の元号もこれに準ずると考えて差支えなかろう。

 

私は天皇から時間を管理される覚えも筋合いもない。自分の人生、自分の価値観に従うて生きるのみ。ただ客観的な基準は必要であり、それが現在西暦であるということだ。キリスト教とは関係ない。

日本のクリスチャンに言いたい。西暦はあなた方の選んだ信仰に基づいた暦であるから、あなた方は日本社会に忖度することなく、自分の意思で西暦を使うべきである。クリスチャンが皆西暦を使うようになれば、元号が当然と言う「常識」は覆され、役所やいろんな書類が簡素化され、分かりやすいものになるだろうから。

 

安倍が憲法を改悪し、非国民をあぶりだす踏み絵に元号を使う日が来ぬことを願う。