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また、子供達の社会環境や自然環境についても発信し、皆さんとご一緒に、子供達の生きていく時代を考えていきたいと思います。


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今春4月15日、浦和在住の児童文学者・斎藤惇夫氏の第5作目となる『河童のユウタの冒険(上・下)』(福音館書店)が上梓されました。下矢印

           

 

私たち「斎藤ファン」は、この作品を待ち焦がれていました。

斎藤さんは、若い時から「自分の書けるファンタジーは5作まで」と言い続けてきました。

今回の著作には、斎藤さんのどれくらいの想いが込められているのか・・・ずっしりとした書籍を手にするだけで、そんな感情がこみあげてきます。

 

恐れながら、この作品を読ませて頂いたお礼も込めて、私なりの感想を綴ろうと思います。

 

「作品を読むときには、その作者ご自身の想いを頭に置いてはいけない。あくまでも、書かれた文章にある物だけを読み、感じ取るのだ」と、何度も何度も言い聞かせましたが、それは無理でした。

斎藤さんのこれまでに書かれた作品からの系統、斎藤さんの様々な講演録にある内容、そして実際にお会いできた時に受けるお人柄・・・そうした作品外の諸々の要素と今回の作品内容とが、いつも脳裏で重なりながらの読書となりました。

 

     クローバー ファンタジーの中に、シリアスな日本の現実を取り入れた作品クローバー

 

何度か涙する場面もあったのですが、ようやく読み終えた時、これまでに味わったことのない感触が残りました。

 

斎藤さんの代表作と言われる『冒険者たち』の時も、そうでした。

あれは、独りよがりの視点で、戦後の日本創作児童文学の中から、小学生の国語授業で使う作品を選んでいた時でした。何百作品にも目を通してきた私にとって、初めての感触でした。

なぜか、「懐かしさ」を感じたのです。

 

あとで、分かったのですが、その「懐かしさ」は、私が思春期に読んだ『宝島』や『十五少年漂流記』と似た匂いだったのです。壮大な「冒険ファンタジー」の匂いです。

私の狭い経験では、『冒険者たち』のような冒険ファンタジーは、日本の創作児童文学に存在していなかったのです。(その後、上橋菜穂子さんの作品が発表されました)

 

しかし、今回の感触は「懐かしさ」ではありません。

では、何なのか?読み終えて1週間ほどは分からず、もう一度読んでみて、やっと分かってきました。

間違いを恐れずに言えば、それは、混ざり合うことのない異質な二つの「要素」が、混然一体となって壮大なストーリーを形作っている、ということのようです。

 

一つは、斎藤さんがこれまでも描き続けてきた「ファンタジー」という要素です。

 

   主人公・河童のユウタは、九尾の狐の末裔・アカネ、天狗のハヤテとともに、目的も分からぬまま、

   龍川の水源を目指して、故郷の湖を後にします。そして、この3人の行動は、なぜか、行き交うすべ

   ての動物たちに知れわたり、そして期待され、その上3人は、絶命した動物たちの苦しみを象徴する

   「黒い影」の想いをも、背負うことになるのです。

   「現実にあらわれていないことを形に変える働き」と定義されるファンタジーとしての設定です。

 

もう一つは、シリアスな「人間の作った現実」という要素です。

 

   冒頭で、河童のユウタは、電線に羽をひっかけて小胸筋と上腕骨を結ぶ腱を切り、シベリアに飛び

   立てなくなった白鳥・カナタを助けます。今の私たちにはもう遠い存在となってしまった「河童」が、

   「電線」の張り巡らされた今の日本に登場するのです。

   読者である私たちは、いきなり現実に生きる動物たちの戸惑いに直面させられます。

   

   さらに、通常の「ファンタジー」では描写されることのない「現実」が次々と描かれます。

   福島の原発事故を思わせる環境汚染。   

   主人公たちを撮影しようとするマスコミ群。

   子どもにスマホやタブレットを与えることへの批判、等々。

 

ファンタジーを描き続けてきた斎藤さんが、そのストーリーの中に「シリアスな現実」を取り込んだことの意味を、私たちは重く受け止める必要があるでしょう。私には、斎藤さんは、安易に「現実」を描くことを最も嫌ってきた作家の一人だ、という理解があるからです。

   

斎藤さんは、福島の原発事故の後、「戦後、高度成長をくぐりぬけながら、感じたり、考えたり、言ったり、行なったりしてきたことが、あるいは、感じなかったり、考えなかったり、言わなかったり、行わなかったことが、結局子どもたちに負の遺産を、それも、子どもたちが相続放棄できない放射能の汚染という負の

遺産を与えてしまったということです。」(『わたしはなぜファンタジーに向かうのか』p.5)と語っておられます。

 

もしかすると、斎藤さんは、ファンタジーというスタイルの中で、ぎりぎりの挑戦をされたのではないか?と思ってしまうのです。

「ファンタジー」という方法で「現実」に立ち向かった斎藤さんの「胸がはりさけそうな」想いが伝わってくるように感じられてなりません。

 

      クローバーファンタジーの中に、実在の人物を登場させた作品クローバー

 

もう一つ、斎藤さんの「胸のはりさけそうな」想いを感じ、涙してしまう場面があります。

 

斎藤さんの人生の師でもある瀬田貞二さんらしき人物とその奥さんの登場する場面です。

河童のユウタ、九尾の狐・アカネ、天狗のハヤテは、この「おじいさんとおばあさん」に出会い、自分たちの旅の目的を掴むことになるのです。

 

おばあさんが3人に、おじいさんの仕事について語る場面があります。

このおじいさんはね、・・・・・(略)・・・・・海の向こうの人が書いたものを、この国の言葉に訳しているところなの。海の向こうにも、あなたたちの仲間がいて、それもなかなか魅力的な仲間がいてね、みんなで、大冒険する話なのよ。・・・・・」(「下」p.200)と。

これは、瀬田さんがかつて、信州の山小屋で『指輪物語』を翻訳されていたときの話です。

 

そして、斎藤さんは、このあと重要な決断をしたように、私には思えるのです。

 

瀬田さんらしきおじいさんに、瀬田さんが実際には話したことのない言葉を語らせるのです。

ストーリー展開上もこの「おじいさん」の言葉が転機となっていきます。

 

少し長くなりますが、その場面を引用します。

 

「『わたしはよくこの裏の山道を散歩する。すると、ときどき、炭焼きのおじいさんとすれちがう。しばらく前のこと、仕事に疲れてね、やはり散歩していたら、そのおじいさんに会った。おじいさんとは、軽く会釈して別れたんだがね、その時、ふと、わたしは、そのおじいさんが、炭焼きに身を窶した天狗じゃないかと思った。後ろ姿がね、ひょうひょうとしていて、あまり軽やかで、わたしの疲れた目には、どうも人間には見えなかった。もしも、もしも、ハヤテの仲間がね、昔のようにたくさんいたら、』(おじいさん)

 

『たくさんいたらなんだよ』(ハヤテ)

 

『戦いはじめるかもしれない』(おじいさん)

 

『だれと、なんのために』(はやて)

 

『動物たちとともに動物たちの棲家を守るためにだ。動物たちの生きている山や、森や、林や、草原を守るためだ。もう時間は残されていない。最後の戦いだ、決まっている!』(おじいさん)

 

『ふーん、で、相手はヒトか?やっぱし』(ハヤテ)

 

『それだけではないかもしれない。そこがむずかしい!』(おじいさん)

 

『ヒトのほかに、なんだ?』(ハヤテ)

 

『魑魅魍魎(ちみもうりょう)と言っておこうか』(おじいさん)

 

『なんだその、チミ、なんとかって?』(ハヤテ)

 

『人間の中にいて、人間をあやつるばけものだよ』(おじいさん)・・・・(後略)・・・・・・」

(「下」p214~p.215、マルカッコ内の文字は筆者による)

 

この場面は、実際に斎藤さんと瀬田さんが交わした言葉をもとにして書かれた「創作」です。

斎藤さんはこの作品の「あとがき」で、38年前に瀬田さんと交わした会話を紹介しています。

 

   私は、最後にお見舞いにうかがったおり、「天狗の話を書いていただかないと困ります。

   子どもたちが待っていますから」とお話ししたのですが、「これほど自然破壊がすすんで

   しまった国で、もう天狗の話はかけません」とつぶやかれ、しかも「このアイデアは斎藤

   さんに譲るから」とおっしゃったのです。

   晴天の霹靂でした。私は、うろたえ、「河童も天狗も、私にとって決して親しいものでは

   ありません」と、お伝えしたのですが、瀬田さんは微笑まれただけで、数日後にお亡くなり

   になってしまいました。1979年、私が、38歳の時のことです。

 

斎藤さんは、瀬田さんを登場させ、しかも激しい口調で「魑魅魍魎と最後の戦いを始めるかもしれない」と語らせたのです。

今の日本に、もし瀬田貞二さんが生きていたら・・・・・・・・私には、斎藤さんが、そうしたぎりぎりの想いを込めて、この場面を書かれたように思えてなりません。

 

こうしてみると、この作品は、作家としての斎藤さんの、最後の作品であると同時に、新たな挑戦を果たした作品でもあるように思えるのです。

 

河童のユウタと狐のアカネと天狗のハヤテは、見事に目的を果たしました。

しかし、ユウタの父は、「こんどは影たちのためではなく、生きとし生けるものたちのための戦いの旅になるかもしれぬのでな・・・・・・」と静かに自戒の言葉を呟きます。

この言葉は、ファンタジーであるこの作品から飛び出して、現実に生きる私たちに向けられているかのようです。

 

生きとし生ける子どもたちと動物たちのために「魑魅魍魎に最後の戦いを挑む」のは、今に生きる私たちだと強く自覚したいと思うのです。

 

 

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