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授業で出会った子供達の言葉、表情、そして児童文学の紹介など、
小学生をお持ちのご家庭に情報を提供していきます。
また、子供達の社会環境や自然環境についても発信し、皆さんとご一緒に、子供達の生きていく時代を考えていきたいと思います。


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「龍の子太郎」は、松谷みよ子さんの代表作。

龍となった母親を探し出した太郎が、貧しい村人達の願いをかなえるために、母龍の背中に乗って山々を切り崩し、湖の水を海へ落として、広大な平地を切り拓く物語です。こうして出来たのが松本・安曇の両平野で、湖水は、千曲川、信濃川となって日本海に流れ出た、とされています。



この作品は、叙事のスケールの大きさも特徴ですが、太郎と母龍を通して、子供達の成長像子供の成長を見守る母親の思いを描き出している点でも、スケールの大きな児童文学だと、私は考えています。

今日、5月5日にご紹介するにふさわしい作品です。


数年前のGWに、私は偶然、長野県の大町ダム(大町市)で「太郎」に出会いました目  

勿論、本人ではありません。巨大な銅像です。

5mはあろうかという「母龍」の背中に、鍬を担いだ「太郎」が乗っているのです。3年生の国語教材の中に「龍の子太郎」を採り入れている私は、思わず歓声!!  実は、この太郎の銅像は、地元に伝えられる「小泉小太郎」伝説の男の子だったのです。

(写真左が小太郎と母龍の像。写真右は大町ダム。伝説にちなんで「龍神湖」とも名づけられている)

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以来、私は、「龍の子太郎」のモチーフとなった二つの「小太郎」伝説の里を訪ね、古代の人々の思いを偲んでみたい、と思うようになりました。一つは、松本地方に伝わる「小太郎」伝説。もう一つは上田地方に伝わる「小太郎」伝説です。


1 どうして、「小太郎」の銅像は、平地ではなく標高1000m近い渓谷に建てられたのか?

2 「小太郎」出生の地と言われる上田市の塩田平とは、どんな土地柄なのか?

今年のGWの私のテーマの一つになりました。

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早速、「小太郎」に再会するため、大町ダムに向かいました。

左の写真は、銅像のあるダムから、安曇方面を写したもの。奥に見える平地が、伝説上は湖の底だった所です。

手前の川は高瀬川と言われ、安曇地域に出ると上高地から流れてくる梓川と合流して犀川となり、さらに上田地方で千曲川に合流して日本海へ向かいます。


調べてみると、写真手前の沢は「尾入沢」と言われ、その昔、龍が尾を浸していた沢だったと言われています。つまり、太郎の母親は、この沢で暮らしていたのです。太郎は、この沢でやっと母龍に出会えたのだと思うと、「龍の子太郎」に思いを入れ込んでいる私は、ちょっと感動してしまいました。そして、ここに太郎と母龍の銅像が建っていることに、自分でもおかしいほど納得してしまいました。


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ついでですが、このダムの周辺の山には、4月下旬、白いコブシの花が満開になります。今年は春が遅かったため、まさに山は真っ白。見事でした。ニコニコ





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また、ダムを周回する遊歩道沿いには、トクカワ草(イワウチワの仲間)という植物が群生しています。10cm弱の背丈の先に、直径3cmほどの淡いピンクの花をつけます。いかにも雪解けの花といった風情です。ちょうど今が真っ盛り。行けども行けどもこの花が咲き続きます。観光の穴場なのですが、ときどきスズメバチが襲撃してくるので、ちょっと根性が必要です。ガーン



私は翌日、上田市塩田平に向かいました。

もう一つの「小太郎」伝説を訪ねるためです。

松谷さんは、「龍の子太郎」(講談社)の「あとがき」で、次のように書いています。

ところが面白いことに小県郡中塩田のあたりには小太郎の出生と幼児が語り残されている。食っちゃあ寝のなまけんぼうで、ある日婆に叱られ小泉山の萩を一日で刈り、何げなく結び目を切った婆は、はぜくり返った萩に吹きとばされたという豪快な男の子であった。それまで私は水との闘いの、悲しく苦しい民話を数多く聞いていた。だからこそこの雄大で野放図な小太郎にひかれたといえる。中塩田の小太郎は長じて何をしたかと問うと何もしなかったという。同じ信州なのに、話は断片化していた。このままではいけない。祖先の残してくれた話をよみがえらせ、日本の子どもに渡したい。」

これが、松谷さんが「龍の子太郎」を書き始めるきっかけだったのです。


この塩田平に伝わる「小太郎」伝説もいくつかありますが、松谷さんの言うように、成人した小太郎がどのようになったのか不明とするものが多いようです。その中の一つが、西の地に赴き、松本・安曇の平野を開拓したという伝承です。松谷さんは、この説を下敷きにして、壮大な太郎の成長物語を創作したのです。


塩田平の代表的な「小太郎」伝説とは・・・・・

この地方は雨が少なく、毎年日照りに悩まされていた。

山寺の若い坊様のところに美しい女が通ってきて二人に子供ができるが、その女の正体は大蛇。岩屋で赤子を産んだまま姿を消すが、坊様は赤子を捨てて逃げ帰った。

赤子は下流の小泉村まで流され、そこで婆様に引き取られ、小太郎と名づけられた。

小太郎は乳も飲まず、はじめから米や芋を食べて大きくなり、食っちゃあ寝を繰り返す怠け者だった。
しかし、小太郎が村に来て以来、夏にも雨が降るようになった。

13・14歳になった頃婆に叱られた小太郎は、見返すために小泉山の萩を根こそぎにして束ねて帰ったが、今まで働かなかった者にそんな働きができるわけがないと馬鹿にした婆が、縄をほどいた途端、萩の束がはぜくり返り、婆は息をひきとってしまった。

                     ・・・・・・・・伝承は、ここで終わります。

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左の写真は、前山寺という古寺から塩田平を撮ったもの。

ちょうど雨が上がったあとで、霞が空気感に柔らかさを醸しだし、穏やかな風景が浮かびあがりました。






よしだ教室 授業ダイアリー                                                    ・・・伝説にある「山寺」はどの寺だろう?・・・「独鈷山」とあるから、このあたりの筈だが・・・・・。

などと興味本位で、しばらく探索。


室町時代以前から続く古寺が各所にあります。

どれにも歴史が、そのまま感じられます。

寺だけでなく、道や木々にも、言い伝えがありそうな風情があります。


そうこうするうちに夕暮れ時。地元のお年寄りと話がしたい・・・という誘惑に駆られながらも、帰宅の途につくことにしました。

安曇・松本地方とは、全く異なる雰囲気の地域。

塩田平には、まだまだいろいろな発見ができそうな予感がします。



今回「小太郎」伝説を訪ねてみて、改めて「龍の子太郎」と「泉小太郎」の大きな違いに気づかされました。

物語の展開を決定づける人物設定に大きな違いがあるのです。

それは、「小太郎」の母がもともと龍(大蛇)であったのに対し、「龍の子太郎」の母親が人間だったことです。

「龍の子太郎」では、人間であるタツが、村のおきてを破って3匹のイワナを食べてしまい、龍にさせられてしまうのです。

「龍の子太郎」の母親を、どうして人間にする必要があったのか?


松谷さんには全く失礼なのですが、後日、「龍の子太郎」の主題と絡めて、私の主観的分析を書いてみたいと思っています。


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