欅坂46の平手友梨奈主演の映画 HIBIKI-響
キャッチコピーは
私は曲げない
いじめを受け入れるとさらに続く。
受け入れなくても続く。
誰がしているのか分からないことが多いからだ。
姿を見せない姑息で卑怯ないじめ犯人。
放火魔と同じです。
犯罪と言う意識は無くても同じです。
学校だから犯罪じゃないと言うのは嘘です。
いじめは残念ながら永久に無くなりません。
人が次々とこの世に生まれてくるのと同じで
誰にも止める事はできない。
いじめ撲滅を真剣に考えるなら
学校のすべての教科書の1ページ目に
いじめはドロボー、放火魔、強盗と同じ。と書けばいい。
逮捕されて留置されて裁判にかけられる面倒くさい犯罪だと。
すべては教育です。
いじめは駄目と学ぶかどうかだけです。
教えてないから学ばない。
テレビでいじめの被害者のことを報道しても
いじめた側には1ミリも学びにならない。
テレビを見た後に警察でもやってこない限り
いじめた代わりに両親が逮捕でもされない限り学びにならない。
若い頃はヤンキーでつっぱってたけど
大人になって丸くなった。と言う話をよく聞く。
それまでの人生で学んできたからだ。
人より時間はかかったけれど学んだわけだ。
小学生でも分かる事を10年、20年かけて学んだわけだ。
マンションのゴミ捨ても捨てる曜日が決まってる。
これも教育であり学びだ。
教えればよほどのバカじゃない限り学ぶ。
人間社会は教育と学びで均衡が保たれる。
横断歩道の赤、黄、青の信号も単純な教育だ。
いじめのすべては学びしかない。
今いじめをしている大人、子供、男女すべては
まだ学んでいない5歳児と同じ。
10歳でも30歳でも40歳でも5歳児と同じ。
いじめをするとこんなしっぺ返しが来る、
痛い思いをすることを学ぶまで止むことは無い。

