江戸城三十六見附 ⑫ 田安門~半蔵門 | 江戸散歩のブログ

江戸散歩のブログ

江戸を中心に色んな場所に出没中
趣味は歴史散歩、ダイエットの為のウォーキング、カメラ、そしてルアーフィッシングや堤防釣りなどをブログで綴りたいと思います

おはようございます 江戸散歩です

江戸城三十六見附シリーズ 今回は田安門と半蔵門です


江戸散歩のブログ
まずは田安門から
大田道灌時代の江戸城の合戦とはこの田安門あたりで戦が行われています

この枡形渡櫓は寛永13年壮健と言われています

門名の由来は、門内には田安台といって,はじめ百姓地で田安大明神があったので門名に称としたといわれています。
江戸城造営後は北丸と称し,代官屋敷や大奥に仕えた女性の隠遁所となりました。
有名な千姫や春日局、家康の側室で水戸頼房の准母英勝院の屋敷などもこの内にありました。

享保15年、八代将軍吉宗の第二子宗武は,ここに一家を創立して田安家を興しました。




江戸散歩のブログ
現代の田安門渡櫓です

江戸城数ある渡櫓の中では一番重厚な門と思います この田安門が一番好きです

この門は皇居北の丸公園の出入り口で武道館への通路となっています



江戸散歩のブログ
田安門下には九段坂があります
この坂は意外と急坂です 坂の頂上には常夜灯があり、江戸の湊から灯かりがみえたそうです

江戸散歩のブログ

明治時代の九段坂です 急な坂は昔から変わらず馬・牛も悲鳴を上げて登ったそうです




江戸散歩のブログ
半蔵門
半蔵門の名前の由来は2つあります
一つは服部半蔵が半蔵門が警固を担当していたため。
そして門外には服部半蔵の部下伊賀同心200人が屋敷を構えてました。
半蔵門から甲州街道に通じる道があり将軍が甲府へ脱出する時の出口とされていました。

家康公がなぜ伊賀忍者を起用したかと言うと本能寺の変の際に堺から逃げ帰る時三重の山中で
脱出の手助けをした功績を称えての事です
この時にもう一つ甲賀忍者も協力していたのですが、扱いが全くなされていません

一説によると脱出する山中で家康公暗殺未遂があったと囁かれています

その二の説は、張り子の象が半分しか入らなかった門とされています
赤坂、日枝神社の大祭「山王祭」で使用する山車のことです
江戸城へ入れる祭りとしてはこの山王祭と神田祭りだけだそうです


江戸散歩のブログ
現代の半蔵門は皇居への出入り口の為、皇居の中でも一番の警備がしかれています


江戸散歩のブログ

半蔵門の目の前にあるのがイギリス大使館です
ここは大名屋敷が3~4個分ある広大な敷地にあります さすが近代日本と親しかった大英帝国
の扱いは別格なんですね

イギリス大使館裏にはランチに時々使う洋食屋さんがあります
シェリフカノンさん です ここのロールキャベツは絶賛です それとパンがまた美味しいんですラブラブ!



ペタしてね