=========
笹や笹々 笹や笹 笹はいらぬか煤竹を
大高源吾は橋の上 明日またるる 宝船
饅頭笠に赤合羽 降り積む雪も いとわずに
赤垣源蔵は千鳥足 酒にまぎらす 暇乞い
胸に血を吐く南部坂 忠義に熱き大石も
心を鬼の暇乞い 寺坂つづけと 雪の中
=========
-----------------
時は師走の両国橋。
俳諧の師・宝井其角は、元弟子である赤穂の浪士・大高源吾と出逢う。
武士を捨て庶民と身をやつし、ひっそりと橋の上で煤払い用の笹を売る源吾。
其角は弟子としてのことを忘れずに過ごしてほしいと思い、
「年の瀬や水の流れと人の身は」と発句を詠む。
すると源吾は「明日またるるその宝船」と続けて去っていく。
意味が分からぬまま、去っていく源吾を見送る其角。
そして年明けの近い深夜、雪の中に陣太鼓が鳴り響く。
赤穂浪士による吉良邸への討ち入りであった。
その中に颯爽とした討ち入り装束に身を包んだ弟子、大高源吾の姿があった。
---------
粗末なまあるい被り笠で、しずしずと深く降り積もる雪をものともせず歩む赤垣源蔵。
かつて武家として名を馳せ、参勤交代などのときにはよく着用し、
その行列に華を添えていた、武士の象徴ともいえる赤い半合羽に身を包み、雪をゆく。
徳利を下げて向かった先は、養子となって家を出た兄の家。しかし兄は不在であった。
義理の姉である兄嫁は、また金の無心かと仮病を使って居留守を決め込んだ。
源蔵はもう武士として難しく、江戸を離れるからいとまごいにきたという。
留守ではあったがせっかくだからと、兄の羽織を出してもらい、それを見ながら酒を飲む。
遅くなって兄が家に帰ったときは、すでに源蔵の姿はなかった。
兄は弟のことを聴き残念がるが、その夜なかなか寝付けずにい過ごすまま朝が来る。
するとなにやら表が騒がしい。なんと赤穂浪士が吉良邸に討ち入ったという。
養子として武士の身分を持つ兄は、大っぴらに見に行くことはできず、下働きを走らす。
討ち入りから戻る隊列の中に、武士としての装束に身を包む弟・源蔵の姿がそこにはあった。
下働きが源蔵に駆け寄り「お言付けは」と問うと、
「兄上に逢えなかったのが無念だと伝えてくれ」と答える。
武士としての最後の別れに逢うことが出来なかったことを、兄は深く悔やむのであった。
----------
急坂で知られる江戸南部坂。大石内蔵助は、坂上に住む浅野内匠頭の未亡人に逢いに行く。
胸は忠義心でいっぱいに、明日未明の討ち入り決行を伝える心持であった。
しかし邸内に吉良の密偵の影。
大石はとっさに「ある西国の大名に召抱えられることになった」と心を鬼にして嘘をつく。
忠義ものと思っていた大石の裏切りに怒りに席を立つ未亡人。
さりとて真実の離せないまま、大石は降りしきる雪の中に旅立つ。
雪やまぬその夜。南部坂に元足軽・寺坂吉右衛門が駆けてくる。
赤穂浪士たちによる吉良邸への討ち入りと、その成功の知らせであった。
大石に見込まれた寺坂は、ひとり討ち入りにつくこと叶わず、
討ち入りと同時に降りしきる雪の中、この南部坂へと駆けてきたのであった。
*~*~*~*~*
『笹や節』は、江戸っ子を魅了した義理人情の世界、忠臣蔵を唄ったもの。
歌舞伎や落語などでもこの3つのシーンはよく描かれる演目である。
一番は歌舞伎「松浦の太鼓」、二番は落語「赤垣の徳利の別れ」、
三番は浄瑠璃「南部坂 雪の別れ」である。
*~*~*~*~*
姉弟子:美き嶋さんによる『でしにっき』に詳しく美しい絵で描かれている。
『笹や節』1,2
『笹や節』3