リ・ワークという流れ | まさ子の旅日記 Masako

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山田まさ子の旅と慶應通信およびドイツ文学の話

 こちらの精神科主治医がなんの罪もないのに島流しになったのは、主治医の考え方が旧ほづみクリニックの新しい方針と一致しないからだろうとみている。

 

池袋ほづみクリニックの流れ

「昔は」と書くと、まるでキャッツに出てくるガス、芝居猫のくりごとみたいだが、実際、池袋でおそらく日本でもっとも初期に患者のデイケアを始めたのが、ほづみクリニックであった。デイケアの内容は、りっぱなピアノも置かれ、卓球やトランプができ、お絵かきや朗読会、茶道教室、アメリカ人の先生を呼んで英会話教室もあった。お弁当は最初はとても安かった。

 

 近くにグループホームがあり、きれいなところで、歩いてお散歩の様に患者さんがやってくる。のんびりとした雰囲気であった。しかし院長が退官してから、お客さんの数が減ったなと感じた。院長がいるからという理由で、年配の患者が遠くても通っていたからだ。院長は東大と慶應両方卒業していることや、お嬢さんが病気であったのでデイケアを充実させようという気持ちをもち、共感する患者も多かった。

 

 ここからはあたしの類推だが、解離系の女性はやさしそうな若い医師に頼りたいと思うので、同じ池袋に進出してきた「ゆうメンタルクリニック」にお客さんをとられたんだと思う。

 池袋という土地柄、患者さんは仕事をしているひともいる。ゆうメンタルクリニックはマンガで有名で店舗も駅に近く、医師の数も多くて気軽に行ける。つまり飛び込みのお客さんを拾うことができる。かるい患者さんが、楽しそうなクリニックに流れていった、とみている。

 

 

 ほづみクリニックは生き残りをかけて、市ヶ谷のひもろぎクリニックに来年三月から吸収されるが、新院長はまずネットで宣伝にうってでた。ユーチューブで、市ヶ谷クリニクで落語家さんにきて貰い一席お願いしてから、院長が落語の登場人物と病気のひととの共通を語る、というものであった。精神科医が落語をみるとこう思うという参考になるから、お時間のあるひとはみて頂きたい。落語も面白いし。

 

 このユーチューブの対談で新院長は、「江戸時代ならただの粗忽ものであったひと、変わったひとであったのが、今は病人にされてクリニックに連れてこられる」と語っている。実感なのだろう。

 新しい市ヶ谷クリニックの方針は以下のようになる。

 

 

市ヶ谷のクリニックの戦略

デイケアから、リ・ワークへ   ホームページをみると、リ・ワークのことが書かれている。これは厚労省の宣伝の一環で、とにかく病人をはやく治し、とっとと戦力として働かそうというお国の方針。ひきこもりの若者や、うつ病のサラリーマンなどが想定されているだろう。

ここで生活のリズムをつけ、協調精神やコミュニケーションを学ぶ。

 

最新の機械 わたしはホームページでみたがよく理解できない。とにかく最新の機械を入れて検査できるようにして、科学的なイメージを演出し、どちらかというとホワイトカラーの通勤帰りを呼び込もうとしているか、あるいは「科学」信望の強い患者家族への説得のためか。

 

 

結論

ということで、お国のリ・ワークに対応して変貌するクリニックのあり方に、こちらの主治医はふさわしくなかったのではないか。

デイケアで、我々がトランプやパズル、お茶をするとき、主治医ものぞきにきて、まったく不似合いな茶道をたしなんでいるとぎがあった。茶道の先生が「とても熱心です」と褒めていたから覚えている。うまいとはいわなかったが。患者のひとりが「先生はいっしょにお菓子を食べてくれるからいい先生だ」と眼を輝かせていた。

 

 そんなセンセーはもういらない時代だ。「働かせる」先生がいるのだから。

 

 

現代日本の精神医

 しかしわたしはなかなか現代の先進国の精神科医というものは、わびしいものだなと思う。まず病院にパソコンを強要され、患者をみるよりも長くパソコンで書類つくりに忙殺される。初診が終わると、三分どころか一分で薬を処方しないといけない。マイスリーがいかにキレがよくてよく眠れる薬でもうつや統合失調の患者には保険適用ができないので、ほしがる患者をなだめつつ、アモバンよりもルネスタのほうが新薬でジェネリックがないから少しでも薬価の高いほうをクリニックへの気兼ねからすすめないといけない。

 

 統合失調症にはクリニックのためを思えば、高価な注射こそ望ましいが値段が高いため、貧乏そうな患者にはすすめられず、同様に目新しい電磁波などの機械にもかかってほしいが、保険適用外ではお金持ちにしかすすめられない。

 裕福で「科学的」、新薬と機械を好む軽い患者こそ望ましいが、医師は患者を選べない。ぞうりばきでやってくる、いかにも自立支援です、という患者も追い払えないのだ。

 

 妙に低姿勢のそれでいて眼の隅に鋭さのある男、こいつはクスリを転売してるんじゃねえかと医師としてのカンが働いても証拠がない限り、処方するしかない。「発達しょうがい」「ネット依存」だのなんだのと、新しい病名がじゃんじゃん増える。ネットの普及で、患者も知識をもち、「この薬、ヨーロッパでは禁止されているのになぜ日本で許可されるか!!」と詰め寄る。「オレが知るか、厚労省に訊け」と言いたいのを我慢する。

 妙な病名を開発した精神科医ならまだしも他分野の医師までもがメンタル系ヒット本を書く。本屋に平積みされたメンタルやダイエット本をみて、よしオレもと思うが、売れなかった時を想像すると手が出ない。開業は夢の夢。名門医学部を出ていなければ、医長の座は狙えない。

 

 結局は多くの精神科医がアルバイト医師として使い捨てられてしまうのではないか。これから全国展開のメンタルクリニックが流行ってくると、ちょうどコンビニみたいな感じで、古いクリニックは消えていく。

 わたしが心配してるのは、淘汰されることで、クリニックの個性がなくなるのではと思う。たとえば池袋には患者に体操させる奇妙なクリニックがある。まだあるはずだ。がんばってほしいと思う。

 精神科医は多少気分障がいくらいがちょうどいい。何かAIみたいな医師がにこやかにしているという将来を思うと、気持ち悪いのだが。