今年も3月11日がやって来ました。

今日という日に、先日複数冊購入した羽生君の本「夢を生きる」の感想を書いてみたいと思います。

 

もしまだお読みでない方、読み終わっていらっしゃらない方は、本の内容に触れていますので、その旨ご承知ください。

因みに、ものすごく長いです←通常運転

 

 

 

 

私は普段雑誌類は購入しないので、今回こうしてアイスジュエルズに過去掲載されたインタビューの羽生君の言葉を続けてずっと読んでみて、改めて、羽生君がメディアに取材を受けて自分の思いを言語化することによって、見えるものがある、というか思いを整理する事が出来ると話している事の意味がよくわかりました。

 

記者会見では10歳くらいからそれをしてきて、自分の思考を整理する時間を持ったり、インタビューをしてもらうことによって覚える言葉もあった、そうやって自分を作ってきたなと思うし。と言ってました。

公の場で発言する事を小さい頃からしていると瞬時に的確な言葉を話せるようになるものなのでしょうか。蓄積されたものの凄さに又驚嘆するのです。

 

 

シーズンの要所で、羽生君の過去とそして未来について聞いていき、それに真摯に答える姿を全編通して読んでみて、続けて読んだからこそ見えて来るものがあったように思います。

 

この本は2015-16シーズンのインタビューから始まっています。

そして、体と心をどのようにコントロールしていけばいいのか、どの様な状態で試合に臨めば、自身の持てる力を出せるのか、その為に自分は何をすべきなのかと、羽生君が分析し、実践する様子がよくわかります。

そしてそれは本当に一試合毎に変化して行って、結果の良し悪しに関わらず、必ずその都度そこから大きく、豊かな学びを得ているのがわかります。

 

羽生君が話しながら終わった試合を振り返り、その時の己の心身の状態と、その時の演技内容について言葉にする、そしてその後これから先の目標や視野を語る。その繰り返しです。

 

反省点を見つけてそれを改善していく事がさらなる成長に繋がる事を知る喜び。

そこにはソチから平昌までの間、平昌で二連覇を達成して夢を叶える為に、全ての出来事から何かを吸収して、その来るべき日に思い描く演技をする事が可能となる様に、本人が話す通り、全てを賭けてきた羽生君の様子が、読んでいる私にも僅かながら垣間見えるのです。

 

それを続ける事の困難さは一体どれ程のものなのか。

羽生君は試合までの過程については、自分の責任で全部負い、その後の結果は、「助けて頂いた」「応援して頂いた」「SEIMEIから沢山のものを頂いた」と感謝と共に表現する。

苦しい道のりは自分一人の背負うもの。だけど結果は自分一人のものじゃない。

当たり前の継続で辿り着いた場所じゃないから、という強い思いがそうさせるのでしょう。

 

次々と荒波が襲い掛かって来る日々。

そんな中で、起こる様々な人生のイベントを、羽生君は乗り越えていく。そこでの経験が彼を又新しくする。

今まで乗り越えてきた試練の数々が、きっと羽生君に「生きる手ごたえ」を与えているんじゃないかなって私は思うのです。

挑戦と試練は、背中合わせだから。

 

羽生君は、挑戦し続ける自分には、必ず試練が待ち受けていてそれ故逆境に立たされるのだという事を人生経験から感覚としてよくわかってる。

そしてそれを一つづつ乗り越える事によって、人間として大きく一皮むけるという事、それが又新しい物の見方を自分にもたらして、自信となって後の自分を支える事も。

挑戦→挫折→努力→克服

というこのサイクルをずっと繰り返して、それが「出来るという勇気」に変わっていくのかもしれない。

だから土壇場で力を発揮するという常人にはとても難しい事が出来るのかなと思ったのです。

羽生君は、経験を抽出して本番で発揮する事の出来る力を、その精度をどんどんあげていったんだなあ、と読みながら思いました。

 

オーサーが今回羽生君が平昌入りする前に「調子はとてもいい。100%で来る」という様なことを言ってましたが、実際は本当にギリギリの状態だった。後に羽生君はこのオーサーの発言を聞いて「全然そうじゃないのに。どうしようと思って、その言葉に自分があわせていかなくちゃ。と思った。」という様な事を言っていました。

 

私はオーサーがこうやって言ったのは勿論メディア対策、そして他の選手陣営にプレッシャーをかけるという意味で言った策士的な面もあると思いますが、ずっと羽生君をコーチして来て、羽生君が自分で強気な発言をして、そこに自分を近づけてく、自分の言葉に自分を引っ張らせて上がっていく、というのを見て来て、あの場面でああやって発言する事がその時の羽生君にプラスに働く、と思ったからなんじゃないかなって思ったのです。

羽生君は経験と照らし合わせて、言葉で自分を厳しく律し、そしてそこに到達する為に歩めることを知っているから。

 

****

さて。

私は今まで何度、海外解説や海外メディアの記事で「ハニュウはこのスポーツを別の次元に推し進めた。」「バーをあげた」「ネクストレベルに至らせた。」という様な表現を読んだり聞いたり訳したりしたでしょうか。

そう、羽生君はフィギュアスケートを開拓した。

 

勿論それは技術の面でもそうなのですが、この間もブログに書きましたが、四年に一度のオリンピックという舞台で、日本の和をテーマにしたSEIMEIで陰陽師を演じて金メダルを獲得したという事は、この先、他のスケーター達だって今まで使用されたことのない曲でも金メダルを獲る事は可能だし、本人も記者会見で口にしていましたが、民族音楽を用いる事も可能だし、白人ではなくても非常に高い演技構成点が獲れるということの全世界への証明でした。

 

フィギュアスケートというスポーツそのものにおいて、新たな可能性を示した、もたらした、という事で、技術の面だけではなくてこのスポーツ自体の扉を大きく開き、違うレベルのものにした歴史的快挙だと思うのです。

 

羽生君はフィギュアスケート界に新たな金字塔を打ち立てたました。

転じて新分野を切り開いた。

そしてこれはフィギュアスケートというスポーツの枠のみならず、不遇な環境にある人や、その分野において一般的に能力が劣ると思われ、評価されていないと感じている全ての人の希望となった、そしてこれからなっていくのではないかと思うのです。

 

差別や争いの混乱の世にあって、人種という壁を乗り越えて自分の国のバックグラウンドを表現して、それが素晴らしいものだと証明して見せるという事の意味は、果てしなく大きなものであったんだなと今又深く感じています。

 

 

 

そしてここからはこの本の最後の部分です。

羽生君は苦悩や葛藤を乗り越える究極のパワー、原動力は「極論を言えば母親です。」

と言っています。

 

そしてこの話をした後に涙をこぼしています。

 

この部分を読んで、この二人がこれまで共に歩み、そして乗り越えてきたものの大きさに苦しくなりました。

一体お母様はどんな風に声を掛け続けて来たのか。

自分の息子が誹謗中傷され、セキュリティガードをつけなくてはならなくなり、プレッシャーに悩み怪我や病気に苦しむとき・・。

 

私は息子に何をするだろうか、どうやって支えるだろうかと考えましたが、今の羽生君が人前で見せる彼自身のあの振る舞いの様なものを

自分の息子にさせられるようになるだけの育て方、声のかけ方受け入れ方、支え方が自分には出来るだろうかと考えたら、涙が止まらなくなりました。

 

お母様もすごく精神的に苦しい事が沢山あったと思います。

羽生君があんなに感謝をし、そしてまっすぐに生きているのは、お母様の支えがあってのことに他ならないのだと、改めて思いました。

少し前に羽生君は自身への理不尽さを呪ったか、というブログを書きましたが、それを呪う事をしなかったのは、お母様が共に歩んだからなのだと、とてもよくわかりました。

 

本当にあまりないのですが、私のブログにもアンチと思われる方からのコメントがポツポツ来るようになりました。読むと体が凍り付いた様になってしまうのですが、私は石を投げつけられても投げ返すことはしません。

なのでコメントが承認されることはありません。どうぞご自分の大切な時間を私なんかのブログにコメントをする事ではなくて他の事に有意義に費やして頂ければ、と願います。

 

 

 

 

 

羽生君、

あなたはいつ頃からだろう、私にはわからないけれどはっきりと、自分自身に多くの人々をつなぐ力があり、自分の生き様が人に勇気を与えるという事を悟っていた。

 

ソチの時はまだそれがそこまで世界規模ではなかったかもしれない。

でも、羽生君は、自分の演技と、そしてひたむきに走る姿が、言語、宗教、国家、性別、年齢、その他全ての違いを乗り越えさせて、人々に感動を与え、そして繋がる事が出来る、という事をこの数年強く感じていたはず。

 

いつからか何か大きな共同体の様なものを私は感じていました。

特に海外のファン達からどれ程あなたの事を尊敬し、憧れ、苦しみに立ち向かう力を与えられているかという事を沢山沢山聞けたのは、私にとって無上の喜びでした。

そしてそれを自分のブログ上で読者の方達とシェア出来た事も。

私はつないだ手のその輪が無限に広がっていくのを毎日実感していました。

オリンピックに至るまで、大好きなあなたの幸せをひたすら願って。

そしてその繋がれた手は、優しく温かかったです。

 

 

今日で震災から7年。

7年前の今日、私は当時は家で11か月になった息子と二人で過ごしていました。

その時は港町に住んでいました。津波警報が鳴り、自動車は使わないでくださいとのことだったので、エルゴ(抱っこ紐)で息子をおんぶして走って逃げました。夢中で高台の友達のマンションまで走って、苦しい息のまま背中の息子を確認したら、寝息をたてていたのを、まだ昨日の事の様に覚えています。

 

話す事も、歩く事も出来なかったその息子がもう数週間で8歳になります。

羽生君にとってこの7年間はどんなものでしたか。

あなたは少年から青年になった。

23歳の今、どんな事を考えていますか。

 

沢山の人の思いと祈りがあなたの背中に乗った。

平昌五輪では、右足に寄り添っていたのかもしれない。

痛めすぎて何が原因なのかわからない、と言うほど色々痛んでいた羽生君の足、積年の厳しいトレーニングで酷使した体は傷だらけなのかもしれない、そして心無い言葉にさらされ続けてきた心も又、傷がないはずがない。

 

私にとって羽生君は宝石です。

傷だらけだけれど、黄金色に輝きを放つ、世界一の宝石です。

その輝きで、これからもどうか思うままに生きて下さい。

 

あなたの輝きが周囲を照らすから。

人間が何を出来るのか、という事を私は羽生君を通して沢山学びました。波乱を生きて、その激情から学び、それを輝きに変える、その姿が私に今まで知らなかったときめきを、ずっとずっと与え続けてくれたのです。

 

こんなにときめいていいのかしら、と思う程毎日ときめきをもらいました。やばかったです。←

だから羽生君の事を思って書いた言葉、訳した言葉が詰まったこのブログはときめきの玉手箱で、私の宝物です。

その玉手箱の中で、傷だらけだけれど黄金色に光る宝石が光を放っています。

 

 

そして私は今まで毎日ブログを書いていたのですがここで一度、区切りにしたいなと思っています。

それはやっぱりブログ更新に時間をすごく割いていたし。

この本を読んで、心から「息子を本当に大事にに育てよう」、と思いました。(笑

 

私のブログは長いので、表現を推敲しきることができずに更新する事も沢山ありました。

後から気付くのです。あー別の言い回しがあったし違う書き方の方が伝わり易かった、と。

 

私は情報をまとめて載せたりする事が出来ないので、これからは一つの記事をもっと時間をかけて、じっくり本当に書きたい事を納得するまで考えて納得する文章に仕上げてから書くスタイルにしたいなと思っています。

そしたらもっと良い文章が書けるはず。←何この自信。

 

とにかく・・。

良いブログを書きたいなとしみじみ思っています。

何か量産しすぎた感があるので(笑

解説字幕動画作りはこれからも続けたいし、海外の沢山のファンが英訳を待ってくれているので、それもしたいです。

そして、書くブログは納得のいく文章を、これからは書いて、載せたいです。

それにはやっぱり毎日書くのは無理なので、速度を落としたいと思います。

 

今まで毎日お読み下さった方々、本当にありがとうございました。

私はこのブログを通して本当に多くを学んだし多くの人とつながり、かけがえのない友人を得る事も出来ました。

心から感謝しています。

 

「夢を生きる」

というこの本のタイトルは、羽生君が自分の人生を全て懸けたオリンピック連覇という夢に生きた事、そしてその羽生君の夢がいつしか私達多くのファンの夢にもなり、その私達の夢を羽生君が生きた事・・色んな意味があるのかなと今様々な思いが頭を駆け巡っています。

 

最後にー

あとがき

から抜粋を。

 

スケートに縛られたり好きになったり、付いたり離れたりばっかりだった4-9歳。

リンクがなくなって、試合で勝てなくて、成長する事すら感じられなくなっていたノービス時代。

悔しさと悔しさと、悔しさだけで成長してきたジュニア時代。

シニアになってから、地震、ニースでの世界選手権、仙台をはなれたこと、あらゆることでたくさんの想いに気づき、支えられ、感謝の気持ちとともに滑ったソチオリンピックまで。

そして、スケートがもっと好きになって、もっともっと上手くなりたいと望み続け、挑み続けた今まで。

それらの自分が全部心の中にいて、その自分たちに胸を張れるように。

 

 

 

 

 

 

 

羽生君はスケートをしながらいつの時代も自分の精いっぱいで向き合って来た。

だからどの時代の自分もいつも自分の中にいて、見守ってくれている。

そしてその過去の自分に胸を張って生きていきたい、と思えるんだね。

 

私もそんな風に生きられたらどんなに素敵だろうと思います。

このブログはいつしか信じられないくらい沢山の方に読んで頂けるようになって、とても嬉しかったです。

大好きを沢山届けて下さり、嬉しかったです。

文章を書くのが大好きな私は、大好きな羽生君の事を毎日書けて、本当に、嬉しかったです。

 

「夢を生きる」

曇りのない瞳でまっすぐに生きるあなたの姿が多くの人の「夢」の形です。

五輪を連覇して今、あなたは又きっと自分の人生に与えられたであろう不思議な「使命」の様なものを感じているんじゃないかなって私は思っています。あなたには今世界をも動かす大きな力があるかもしれない。

そしてその影響力を、正しく発揮出来る器だと、心から思います。

これからも被災地に心を寄せて生きていかれるあなたを本当に尊敬しています。

 

震災の起こった今日という日に、祈りと共にこのブログを捧げてそして追悼の意に変えさせていただきたいと思います。

 

 

羽生君がSEIMEIを滑り終わった後の雄たけびの残響が、まだ私の中でこだましています。

あの時、今まで積み上げて来たもの、背負ってきた物、そういう全てが羽生君の体から放たれたように見えました。

 

それは「弓の弦を結ぶように、胸を張って、凛とした生き方」そのものが、氷上で形となって表れていた瞬間でした。

自分に胸を張れる生き方ーあなたのその、魂と情熱と、美しさに、私はこれからもずっと、打ちのめされていくのでしょう。

 

 

 

 

お読み下さり、ありがとうございました。

 


フィギュアスケートランキング

ランキングはどうしようかな~と思っていますが、とりあえずまだ貼っておきますので、ギャラクシー画像を「とん」して下さると嬉しいです。

本当にいつも応援ありがとうございました!