アンダルシアの風を感じて

アンダルシアの風を感じて

東京中野区のカウンセリングルームA-Roomでカウンセリングを行っている心理カウンセラーEIKOが毎日をほんの少し楽に生きられるようになるコツを伝えます

こんにちは。

 

 

 

 

 

 

心屋リセットカウンセラー

女王道エキスパートのEIKOです。

 

 

 

 

 

 

以前のブログを読み返してみて

 

我ながらよく書けているなぁと思う記事があり、

 

たくさんの人に読んでもらいたいと思ったので

 

再掲しますね。

 

 

 

 

 

 

 

2019年3月の記事です。

 

 

 

 

 

 

 

  ♢   ♢   ♢   ♢   ♢

 

 

 

 

 

今私は

 

二条まりあさんのQueen's Gateを

 

受講中なのですが、

 

先日

 

まりあさんが

 

ぼそっと

 

「責任って何だろう?」

 

という疑問を

 

口にされていました。

 

「責任って罪悪感のことなのかなぁ?」

 

と投げかけられ、

 

「うーーーーーーんえー?

 

と考え込んでしまいました。

 

 

 

 

 

あれからしばらく

 

ずっとこのことが

 

頭の中にあったのですが、

 

きのう

 

ちょっとひらめいちゃいましたキラキラ

 

 

 

 

 

伝わるかどうかわかりませんが、

 

がんばって

 

文章化してみたいと思います。

 

 

 

 

 

きのう仕事で

 

同僚の方と話をしていたのですが、

 

その方は

 

あることを決めるのに

 

私に判断をゆだねてきました。

 

私は

 

そのことを決める立場にないと思ったので

 

正直イラっとしたんです。

 

そして、

 

何でイラっとしたのかなぁと

 

考えてみたら、

 

責任の問題に行きついたのです。

 

 

 

 

 

責任って

 

空想の入れ物みたいなものじゃないかなぁと

 

そのとき思いました。

 

「私の責任はこれ」と思った時、

 

自分で架空の容器を自分に用意する。

 

それは小さいものなのか、大きいものなのかは

 

自分で決める。

 

 

 

 

 

 

 

 

また、他人に対しても

 

「あなたの責任はこれね。」と

 

勝手に架空の容器を作り上げ

 

人に押し付けたりもします。

 

 

 

 

 

その自分で作った入れ物

 

また他人から押し付けられた入れ物に

 

適した液体を入れ、一杯にすることが

 

責任を果たす

 

ということ。

 

 

 

 

 

 

自分が

 

その入れ物に十分液体が入れられないときに

 

私はダメだ、足りていない、と

 

罪悪感を抱いてしまう。

 

 

 

 

そして他人が

 

その容器に十分液体を入れていないのを見ると

 

「あいつは不十分だ」と

 

批判、非難する

 

ということなのではないでしょうか。

 

 

 

 

でも、そもそも

 

そんな容器は架空のもので、

 

最初から存在しないものなのです。

 

それなのにみんな

 

あると思って

 

一生懸命

 

その容器を満たそうと

 

がんばってしまう。

 

 

 

 

 

心屋仁之助さんはよく

 

罪悪感を手放そう

 

ということをおっしゃっていますが、

 

もしかしたら

 

手放すのは

 

この容器、つまり責任という考えの方が先なのかもしれません。

 

 

 

 

 

私たちは本当は

 

最初からそんな容器は持っていないのだから、

 

その容器に見合った内容物を入れることに

 

集中するのではなく、

 

やりたいことを

 

やりたいだけやればいいのではないか、

 

そんな風な考えに行きつきました。

 

 

 

 

 

なんだか抽象的な話ですが、

 

わかっていただけますでしょうかあせる

 

 

 

 

 

そして、

 

最初の話に戻りますが、

 

どうして私がその同僚の方と話をしていて

 

イラっとしたかというと、

 

勝手に容器を渡された気がしたからなのです。

 

「はい、あなたの容器。これに入れてね。」と。

 

 

 

 

 

でもそもそも

 

そんな容器は存在しないのです。

 

渡された気がするのも

 

気のせい

 

「これに入れなきゃ。」も妄想

 

 

 

 

このことに気づいたとき、

 

愕然としてしまいましたガーン

 

私は今まで何をやっていたのかと。

 

ありもしない容器を満たすこと

 

つまり、責任を果たすことに

 

一生懸命になって、

 

満足感を得て、

 

それしかしてこなかったのではないか。

 

 

 

 

 

もしそんな容器がないとしたら、

 

私は何をするだろう?

 

何を目的に生きるのだろう?

 

そんなことを考えてしまいました。

 

 

 

 

 

どうでしょうか?

 

自分では世紀の大発見みたいな気がしているのですが、

 

おわかりいただけましたでしょうか?

 

コメントなどしていただけたら

 

ありがたいですドキドキ