1月21日 (日)
3:00頃 自宅の電話が鳴る。こんな夜中に?と、ディスプレイを見ると、主人の携帯番号。寝起きなのと、ありえない時間の電話にドキドキしながら出る。
「◯◯病院ですが、奥様ですか?ご主人が救急車でこちらに運ばれまして、くも膜下出血のようなので、手術等のお話をしたいので、すぐ来ていただけますか?」と。
え!?くも膜下出血?
どうしよう、、、うちには一歳になったばかりの息子が居る。隣の家の義両親に頼んで、見てもらわなきゃ。え、私はパジャマ着替えなきゃ。、、、何からしたらいいんだろう。
病院の住所、ナビにいれなきゃ分からんよ、、、
意味もなくウロウロ。
やっと出かける準備をし、義母を起こし、息子を見ていてもらうことに。
オムツの場所とか、ミルクや朝食のこともお願いして、出た。
主人は昨夜、同僚の方と飲みにでかけ、帰るよりは、時間を気にしなくていいから、と、ホテルに泊まっていた。
夜中に頭痛で、自分で救急車を呼んだらしい。
病院へ着くと、寝かせられていたが、意識はあり、しゃべれた。
先生からくも膜下出血説明。動脈瘤が破裂して出血したようだ、と。
朝、スタッフが集まってからの手術になるため、動脈瘤の再破裂を防ぐために、もう今から全身麻酔をかけるとのこと。
色々な書類に署名をし、手術の時間が決まったら連絡をもらうことにして、朝6時頃帰宅。
日曜日で私の仕事も休みで、そこは幸いだった。
午後から手術。間に合うように病院へ。
手術、説明等で6時間くらいかかった。
手術室から出てきた主人を見て、息子も不思議そう。父さんがなんで寝てるのか、分からんよね、、、
その後は集中治療室へ。
とにかく、無事終わってよかった。
その後、2週間の間に起こるとされる血管れん縮の症状にもなり、4度のカテーテル。最後の一回はバルーンで広げてもらった。
何度も病院から電話で呼ばれ、緊張と不安の2週間。
これでどんどん元気になるんだ、と思っていた、素人の私。
手足に麻痺はないものの、記憶がハッキリしない。ごはんもうまく食べれない。
自分の状態が認識できず、暴れたりする。
私や息子のことがわからない日が続き、ずいぶんたってから「奥さんです。」と答えてもらった日は本当にうれしかった。
手術から一ヶ月近く経っていたと思う。
この頃 、状態もだいぶ安定してきたので、一般病棟に移動。
これから、ほんとに退院まですぐだな、なんて安易に考えていた。
だけど、色々な記憶があやふや。
仕事も随分前の職場だったり、高校生だったり。
ある日、
回復期リハビリの話をされた。
2ヶ月経つまでに移らないといけない決まりだということ。
転院先の希望など、考えなくてはいけない。
生活もかかってるし、私の仕事も休むわけにはいかない。
だったら、私の職場の近くがいいかな、とか色々考えたが、空き状況や移る期限の都合から、同じ病院内のリハビリ病棟に移動することに。
3月2日、リハビリ病棟に移動。
ここでどんどんリハビリすれば、すぐに良くなると思っていた。安易だな、、、私。
主人は、新しいことが覚えていられない。
メモしても、メモしたことをすぐに忘れる。
だから、携帯電話をずっと探してたり、財布を探し続けたり。
困った看護師さんから電話があり、「ないと納得しないので持ってきてください」って言われたけど、あちこち電話かけられても、相手が話が分からなくて迷惑かけるし、、、
「病院だから携帯使えないので、奥さんが家で保管してくれてる」というふうに声掛けしてもらうよう、お願いした。
昔の記憶もあっちこっちにバラバラになってて、しかも、めちゃくちゃに組み合わさって、話が作られてしまってる。
見た目はすごく元気。
でも言ってることがめちゃくちゃ。
そうやって2ヶ月が経った。
いつになったら、もとどおりに治るのかな。
命があったことだけでもありがたい、と分かっていながらも、そんなふうに思ってしまう自分が嫌だな。