聖書、神の言葉、教えではない事を、真実の如く根拠として語り続けている数々の教えや思想があります。
それらは、聖書を利用して、神の言葉の方を歪めた解説です。
聖書ではない聖書解説を、聖書だと教え込まれている事に、多くの
クリスチャンは全く気がついてもいない状態です。
それは、進化論と全く同じです。真実などではない。人が勝手に
でっちあげた仮説が、本当であると世界へ公表され、それが浸透してしまったのです。
神の創造物が進化、変化する嘘、偽情報、偽科学仮説、他にも
たくさん偽科学仮説はあるのですが、それらは丸ごと嘘、偽情報なのに、あたかも真実の如く、それらが学問、研究の対象になってしまっているのです。
神の教えの進化論、神の性質、神の言葉が進化、変化するという
イスラエルの神の進化論も、それと同じです。
1000%永遠に真実ではない、聖書ではない。
神が紹介する神の性質、神の言葉の性質と真っ向から相反する、
人間が編み出した思想、その思想を通して、聖書=神の言葉の方を
変えて、曲げて解説しているのに、その事に違和感がないのは聖書、特にパウロの手紙に記された内容に関する1000%の誤解
した間違った読み込みをしているからです。
変わると書いてあると、書いてもない空想を信じているからです。
嘘、偽情報、誤情報、仮説、人間が編み出した、所詮人が作った、
人由来の思想であり、聖書ではないのに、聖書の真実の如く語られ
続けている、数々の誤情報が、蔓延、浸透しているのです。
人間が神の言葉に手を加え、神の言葉を終了、無効、又は異邦人には
関係のない教え、2つの家族、2つの契約、教えがある?
それら聖書=神の教えなどではないのです。
人間の思想を土台とした人間が作り替えた宗教は、事実最初から
存在してはならない物だったのです。
聖書では、それら、人が神の言葉につけたし、差し引きする行為を
厳重に警告しているのに、神の古い教えは廃れた!という人間の思想罪の定義を消し去る思想を信じる人には、神の警告が同じ、永遠普遍と理解出来ない脳回路になっているのです。
神の教えが廃れて無効なら、罪の定義も無効になり、何が罪なのかも分からないという状態だからです。
神の教えが廃れたら、罪の定義はない、罪の赦しもない、救いの必要もない、イエシュアも必要ない、恵もいらない、祝福もない、神との関係もなくなるということ、気がついていないのです。矛盾だらけです。
神は、神が提示した契約を通して以外、人と関係を結んでなど
いないからです。その契約を捨てる、それは神の関係の根拠を
覆し、別物の主人の教えの上に立っている行為なのです。
神が警告している事は、人間が神の言葉につけたし、差し引きする
その冒涜的行為、遺伝子破壊と同じ行為を警告しているのです。
それらを、聖書では、偶像礼拝と呼んでいるのです。
人間が編み出した、金の子牛を通して、イスラエルの神と関われると思う、神を礼拝できる、していると勘違いしているのです。
トラー、預言書、諸書には、偶像礼拝、人間が編み出した混ぜ物の
教えを通して、イスラエルの神に関わる、繋がる、礼拝することを
厳重警告しています。
それらが、イスラエルがやった罪、高きところの礼拝であり、
ヤラべアムの罪〜神の言葉を無視し、神が禁じていることをやり
神の祭りを別の日に変えたことでも、警告されているのです。
それを、やり続けたイスラエルは、国外追放となってしまったのです。
ローマ帝国も、全く同じヤラべアムの罪を、繰り返しやったのです。
神の教え=トラーをバン、禁じ、神の教えではない人間の教えに
すり替えた宗教を作ったからです。
そして、神が、神のモアデイム、シャバット、祭りの日を変えたのではなく、人が神の創造されたモアデイムを完全に捨てたのです。
神の創造された記念日ではない、別物、ローマ帝国=人間が作った人造記念日を、神の礼拝日、主日、聖別された日だ!などと、冒涜を犯して言い換え、作り替えてしまったのです。
だから、今の時代、神の教えをイエシュアが教えた通りに理解しない
宗教の教えは、このローマが作り変えた宗教の教え、実践、記念日
慣わしを、神が命じたことだと、聖書にも書いてないのに、書いて
あると思ってやっているのです。
いや、カトリックは知っているのです。彼らが神の教えと、神の
記念日を変えました!と、質疑応答の書にはっきり記されており
司祭もそう発表しているからです。
しかも、神の教えを今も、教皇、カトリックは塗り替え続けているのです。そして、プロテスタントも同じことをしているのです。
西洋宗教の教え、神の言葉が廃れたとか、異邦人とユダヤ人は別だ
今は日曜日が安息日、祭りは、クリスマス、イースターである!
などと聖書に書いてないことは、読めば分かるはずです。
神は人に、神の言葉を捨て、塗り替え、作り変え、神のモアデイムを
汚す行為を断固として厳重に禁じているのです。
罪の定義を捨てる人には、神が伝えている、神の目には、何が罪なのか、神の前に決してしてはならない聖別を汚す生き方とは何か?
全く通じなくなっているのです。
罪の定義を捨てたら、それは、何が神の前に罪が何かさえ知りません!ということであり、実際にそれをしているのです。
普通のこと、道徳的ことなら、一般の常識がある人なら、分かる
ことです。子供でも分かる。
なぜなら、腹に書かれたトラー、人間は神の性質に造られているから
分かるのです。
でも、神に聖別され、父の元に戻った人の生き方は、聖別された人
神の宮である人の生き方は、神の教えを知らない人には、分からないのです。
神の顔に別の顔を乗せるなかれ!神の顔=実態に、人間が編み出した
偶像の神々、それらは人間の思想ですが、それらを乗せて、本物の
イスラエルの神の実態を人から覆い隠すことをするな!と最初に
警告されているのです。
人間の考えが、偽の実在しない神々=偶像や、教えや、宗教の記念日や、儀式に形として出現するからです。
しかも、ローマ帝国、人間がイスラエルの神の言葉を変えたのです。
律法は廃れた〜という偽情報は、ローマ帝国の勅令であり、
神の教えなどではないのに、20世紀の間、それらが、異邦人の世界では、神が神の言葉を、昇天以降変えたのだ!十字架で律法を釘付けにし、処分、破棄したのだ!と聖書に書いてもないことを、主張しているのです。これこそが、前代未聞の人間の神への冒涜、ファンタジーストーリーなのです。このことが、冒涜と神の言葉から理解する人は、皆このような嘘、偽情報から離れているのです。
もちろん、子羊の血の代価、イエシュアを通して、神の元に戻る
という事実は教えるのですが、それを含め、神の教えを正しく教えられて来たのではない、歴史があるのです。
今や聖書は手元にあり、ネット時代で、色々調べることが出来るのに
多くの人は、人間が神の言葉を塗り替えて作った人造宗教の事実を
知らないのです。一方、それに気が付く人もいるのです。
いつの時代も、真実を探る、発見することと、偽情報を信じて騙されるということは繰り替えされているのです。
キリスト教には約4万5千という別々のグループがあるのです。
そして、外側から見ただけでは、決して分からない事なのですが
ユダヤ人が全員、正しく聖書を知っているのではない。
そして、メシアニックジューと言われる人、教師も、それぞれが
聖書ではない教えをしているのです。
こういうことです。このメシアニック運動とは、キリスト教の
カリスマ派から出た運動であり、ユダヤ人にメシアを伝えようという
目的で始まったものです。
その場合、ある人達は、異邦人には神の教えは関係ない、異邦人は
蚊帳の外、同じ仲間ではない、あっちで適当にやって、入って来ないでくださいという人もいるのです。
詰まり、トラーを正しく教えていないし、信じていない人がいるのです。血筋が大事だと勘違いしているからです。
メシアニックジューではなくても、ユダヤ人の中には、異邦人は
「ノアの法則」だけ守れば良いと、神になり代わり教える人もいます。ノアの法則なんて、聖書にはありません!その人達が編み出した
教えなのです。
そのような、人間の教えは、至るところに存在していますが、
それらは、神の教えなどではないことを、はっきり聖書から理解していないと、偽情報を、神の教えと信じ込んでしまうのです。
分裂思想、2つ別の群れ、2つの家族、2つ別の教えは、聖書では
ありません!置換神学や、デイスペンセーション神学が、
いかにそれらしく、聖書らしく解説しようとも、神の言葉を塗り替えた思想を根拠とした思想など永遠に真実にはならないのです。
しかも、イスラエルの神〜創造主は、血筋など強調してなどいないのです。神はユダヤ人のために全てを創造したのではないからです。
最初は、ユダヤ人はいない。皆異邦人です。
ユダヤ人が代表で選ばれた理由は、全世界の全民族の父とされた
アヴラハム〜信仰義認、神の教え=トラーを、全世界へ正しく教え、神の家に住まうことに戻る祝福を全民族に与える役割を与えられたからです。
ユダヤ人の血筋が優れている、異邦人が劣っている、そんなことも
ないのです。
伝統でも分かる通り、神の教えを正しく継承し生きる人達=残り民を
神がどの時代にも確保する必要があるのです。異邦人の中にもいるのです。だから2という数字が常に出てくるでしょう。
ユダヤ人、異邦人の両方、神のトラー、契約に忠実に根付いて生きる
人。
なぜなら、このようにまがいものの教えだけをされてしまえば、
聖書に書いてある本当の意味など、書いてあっても読み取れない人
ばかりになってしまうからです。
異邦人でも、同様に、異邦人ルツが姑ナオミの信仰〜イスラエルの神
を信じる生き様を目の当たりに見て生活していたのです。
もちろん、イエシュア=メシアを知っていたのです。
ノアもアヴラハムも、皆イエシュアを知っていた。
そのナオミの生き様を見て、ルツは同じイスラエルの神を信じる
告白をして、夫の亡き後姑について行ったのです。
一方の嫁は、自分の故郷=異教の神々に仕える人達に帰って行ったのです。
神の家の特徴は、何ですか?ユダヤ人も異邦人も、神の言葉を受け
取り、神が永遠の中に用意された完了の業を信仰により受け取り、
父の元に戻った人、もれなく全て!その人達が、神の家の大家族の
メンバーであり、血筋が根拠なのではないのです。
その大家族は、神が与えた同じ家訓を生きると、神は最初から
最後まで教えているのです。
神を愛する人は、神の言葉を捨て、神の言葉が禁じた生き方をし
神に敵対することはできないのです。
分からないから、偽ものの教え〜神の教えを否定することを、させられてきたのです。
異邦人は、別の場所、別の群れ、別の教え、別の契約。
ユダヤ人だけが、トラーを生きるなどと教えていません。
なぜなら、イスラエルの神の大家族は、エデンの園から1つしか
存在しない、その同じ大家族にどの時代のどの人種でも加えられ
続けている、それがカハール、エクレシア=神に呼び出された人の
群れ=家族しかないからです。
そして、神が人と関係を持つ根拠としている契約は、1つしかあり
ません。神の家の家訓は1つだけ!その事実を、聖書からはっきり
読み取らない人、それは人間が編み出した宗教の思想で、神の言葉を
塗り変えて、聖書に書いてもないこと、虚構を信じているからです。
こんなシンプルなことなのに、人が人の思想で、神の教えを勝手に
こねくり回し、作り出し、曲げて、歪めて、果てはLGBTなど
神の創造の根幹を歪め、覆す思想を、クリスチャンの牧師がするのです。
自分で聖書に戻り、そのような聖書ではない思想の大元、原因は
人間が神の言葉を勝手に変えた!という事実を、はっきり知って
ください。神が神の言葉を変えたのではないのです。
話題を過越の祭りに向けて切り替えたいのですが、その前に、
反ユダヤ思想、反モーセの五書思想の出どころと、そしてズレた
聖書解説の理由をもう少し書いてみます。