”主の暦”は、主の義の道へと、継続して、人の人生を導く事でも
あります。
”主の命のサイクル”の中で、繰り返し繰り返し継続的に
主が導いて下さる。
週に一度のシャバットを通して、そして、シャバットと
シャバットの間にあるモアデイムを通して。
主がずっと教え続けて下さるのです。
そして、主とピッタリにラインアップしているなら、
その時その時主が教え様として下さる事、
それが何であるのか、はっきり気がつく事が出来る。
義の道は、ぐるぐるぐるぐるぐる増し加わる、木の中に
造られる年輪の如く、
このサイクルの中にある事が分かります。
詩23篇3節
主は、御名のために、私を義の道に導かれます。
イザヤ書58章11節
主は絶えず、あなたを導いて、焼けつく土地でも、
あなたの思いを満たし、あなたの骨を強くします。
あなたは、潤された園のようになり、
水のかれない源のようになる。
”導き”と訳されている言葉は、”ヤヌヘーニー”
”指示を与える、管理、指導 教える、教育する 命令する”
などの意味が有ります。
”主の意図”がある。壮大な人類歴史の中の1人1人に、
主は特別な意図を持っておられる。
そして、1人1人の個人の人生の中で、主ははじめから
”主の似姿の人”の命に生きる、命のサイクル プランを用意
して下さっているのです。
そして、聖書を見ると、主の時はピッタリしている事にも
気がつきます。
三日三晩。40日40夜 40年 7日、7年 70年。
様々な数字の中に意味があり、主の意図通り、プラン通り
時を刻み、人のサイクルの中で主が働いている事が
分かって来ます。
モアデイムとモアデイムの間の意味も、はっきり
“死別の脳回路の枝”離脱、奴隷の脳回路の枝離脱
プランである事が分かります。
”主の似姿”の人で生きる事を阻んでいるその”死んだ脳回路
の枝”=主の目から見る事が出来ない枝の刈り込み、
切り落とし作業。
このシャブオートの時期までの49日、弟子達がその
意味がある時期を、次への準備期間として設けられていた事も、
納得出来ます。主の時は、暦はピッタリです。
主のされる事は時に叶っている。
主のプランは、主の暦通りに動いている。
一日が24時間である様に。
その枠のなかにちゃんと収まっている。
全ては、主の暦に沿って、主の意図通りにプランされている。
”初穂”を数える49日。7回のシャバット 7週間を
過ごし”新しくされている人”として、主の花嫁、
”婚姻契約” ブリットを神から受け取る準備を
していたシナイ山の出来事と全く重なります。
シナイ山の出来事=使徒2章の出来事。
全世界が代々に渡って語り継ぐ、”暗闇”ではなく、
全世界が知る方法で主があの時、あの形で現れた。
光と音のサウンドショーの中で、主が特別な印を
与えたのです。
その“契約”の中身は、モーセの契約の中身と全て
変わりなく同等です。
”同じ婚姻契約”が、まずイスラエルに与えられて、
同じ永遠不変のモーセの契約が、今度は全世界へも
開かれている事を知らせる事件だったのです。
イエシュアが来られて、昇天された後に、別の
契約、別の教え、別の福音が出て来たとは
全くもって人の造り出した教えである事、
聖書に戻ればはっきり事実を確認する事が出来ます。
使徒達が使徒2章のシャブオートの事件の後に、何を携えて
人々に教えに行ったのか?
永遠不変変わりない神の言葉”トラー”のみです。
そして、それ以外の別の教えを”別の福音”=人間の教えに
そんなにも早く走って行くのか?と、
警告しているではないでしょうか。
聖書に戻って、自分が”どう思っているか”
”自分がどう信じているのか””感じているか”ではなく、
聖書がなんと言って居るのかを絶対に揺るがさ
なければ、はっきりと見える事実なのです。
Chag Sameach