エビちゃん文京区探索隊 西片1・2丁目~こんにゃくえんま編
こんにちは、エビちゃん(えびさわけいこ)応援隊のミィです。
エビちゃん文京区探索隊のお散歩、まだまだ続いてま~す
本郷館の前を通って、西片2丁目の交差点に出ました。
ここからは5人でお散歩です。
大~きなサボテンを発見
ヒロポンの身長の3倍くらいありそうですね
西片の住宅街に入ります。
ここら辺は古い佇まいのお宅がたくさんあります。
公園を発見
さっそくキタちゃん滑り台にダッシュ
「西片公園」です。
大きな桜
の木や、藤棚があります。
見通しのいい公園で、子供たちが安心して遊べそうです。
またまた住宅街をウロウロしてます。
素敵な建物を発見
何かお店かと思ったらマンションでした。
南仏のような雰囲気が漂っています。
坂道を進みます。
この坂は「新坂」です。
新坂と呼ばれる坂は、文京区内に6つもあるそうです。
ここら辺は旧丸山福山町。
樋口一葉がかつてここに住み、多くの代表作を残したそうです。
またまた公園を発見
今度はキタちゃんブランコにダッシュ
白山通りに戻ってきました。
ここは「樋口一葉終焉の地」です。
現在は紳士服のコナカになっていますがお店の右側に歌碑が建っています。
樋口一葉は明治27年(1894)にこの地に移りました。
うなぎ屋の離れで、6畳2間と4畳半の3間で、庭にはがけの湧水で造られた池があったそうです。
「にごりえ」「大つごもり」「たけくらべ」「十三夜」など代表作が生まれました。
明治29年一葉は結核のため24歳の若さでこの地で生涯を閉じたそうです。
通りを渡って小石川の商店街に入ります。
たくさんのお店があって多くの人で賑わっています。
商店街を抜けた所で、左に曲がります。
あっシビックが見えてきました。
脇道にはいくつか不思議な坂道があります。
この坂の上はぽっかりと大きな空き地が広がっていました。
今度の坂道はキタちゃんとヒロポンはこの坂がどこに続いているのか探策に行きました。
正に文京探索委員会です
ミィ達はこんにゃくえんまに行くことにしました。
表通りの千川通りに出て「こんにゃくえんま」にやって来ました。
正式には「浄土宗 常光山 源覚寺」といいます。
源覚寺は、約380年前の寛永元年(1624年)に、定誉随波上人により現在地に開創されましたそうです。
閻魔堂です。
閻魔堂に安置されている「えんま王木造坐像」は、鎌倉時代の作と考えられ、銘文には寛文(1672年)に仏師により修復されたことが記されているそうです。
源覚寺の閻魔さまの右目部分は割れて黄色く濁っているそうです。
宝暦年代のころ(1751年~1764年)、眼病を患った老婆が閻魔大王に21日間の祈願を行ったところ、夢の中に大王が現れ「願掛けの満願成就の暁には、私の両目の内、ひとつを貴方に差し上げよう」と言われたそうです。
満願の日に、老婆の目は治りました。
以来、大王の右目は盲目となりました。
老婆は感謝のしるしとして好物の「こんにゃく」を断ち、それを供えつづけたということです。
源覚寺の閻魔さまは「こんにゃく閻魔」と呼ばれるようになり、眼病治癒の閻魔さまとして信仰されています。
こんにゃくえんまを出たところで、キタちゃん、ヒロポンと合流。
坂の上はどこにもつながっていなくって、ぐるっと回りをして戻ってきたそうです。
もうすぐシビックです。
今回のお散歩はここで終了。
今回は本郷館の大きさにびっくりしたり、レトロな和風旅館を発見したり、楽しいこといっぱいでした
本郷のフレンチのランチもおいしかったし、マミーズのアップルパイは最高でしたし、充実した1日でした
次回は4月です。
お花見をかねて播磨坂辺りをお散歩する予定で~す
エビちゃん文京区探索隊のお散歩、まだまだ続いてま~す

本郷館の前を通って、西片2丁目の交差点に出ました。
ここからは5人でお散歩です。
大~きなサボテンを発見

ヒロポンの身長の3倍くらいありそうですね

西片の住宅街に入ります。
ここら辺は古い佇まいのお宅がたくさんあります。
公園を発見

さっそくキタちゃん滑り台にダッシュ

「西片公園」です。
大きな桜
の木や、藤棚があります。見通しのいい公園で、子供たちが安心して遊べそうです。
またまた住宅街をウロウロしてます。
素敵な建物を発見

何かお店かと思ったらマンションでした。
南仏のような雰囲気が漂っています。
坂道を進みます。
この坂は「新坂」です。
新坂と呼ばれる坂は、文京区内に6つもあるそうです。
ここら辺は旧丸山福山町。
樋口一葉がかつてここに住み、多くの代表作を残したそうです。
またまた公園を発見

今度はキタちゃんブランコにダッシュ

白山通りに戻ってきました。
ここは「樋口一葉終焉の地」です。
現在は紳士服のコナカになっていますがお店の右側に歌碑が建っています。
樋口一葉は明治27年(1894)にこの地に移りました。
うなぎ屋の離れで、6畳2間と4畳半の3間で、庭にはがけの湧水で造られた池があったそうです。
「にごりえ」「大つごもり」「たけくらべ」「十三夜」など代表作が生まれました。
明治29年一葉は結核のため24歳の若さでこの地で生涯を閉じたそうです。
通りを渡って小石川の商店街に入ります。
たくさんのお店があって多くの人で賑わっています。
商店街を抜けた所で、左に曲がります。
あっシビックが見えてきました。
脇道にはいくつか不思議な坂道があります。
この坂の上はぽっかりと大きな空き地が広がっていました。
今度の坂道はキタちゃんとヒロポンはこの坂がどこに続いているのか探策に行きました。
正に文京探索委員会です

ミィ達はこんにゃくえんまに行くことにしました。
表通りの千川通りに出て「こんにゃくえんま」にやって来ました。
正式には「浄土宗 常光山 源覚寺」といいます。
源覚寺は、約380年前の寛永元年(1624年)に、定誉随波上人により現在地に開創されましたそうです。
閻魔堂です。
閻魔堂に安置されている「えんま王木造坐像」は、鎌倉時代の作と考えられ、銘文には寛文(1672年)に仏師により修復されたことが記されているそうです。
源覚寺の閻魔さまの右目部分は割れて黄色く濁っているそうです。
宝暦年代のころ(1751年~1764年)、眼病を患った老婆が閻魔大王に21日間の祈願を行ったところ、夢の中に大王が現れ「願掛けの満願成就の暁には、私の両目の内、ひとつを貴方に差し上げよう」と言われたそうです。
満願の日に、老婆の目は治りました。
以来、大王の右目は盲目となりました。
老婆は感謝のしるしとして好物の「こんにゃく」を断ち、それを供えつづけたということです。
源覚寺の閻魔さまは「こんにゃく閻魔」と呼ばれるようになり、眼病治癒の閻魔さまとして信仰されています。
こんにゃくえんまを出たところで、キタちゃん、ヒロポンと合流。
坂の上はどこにもつながっていなくって、ぐるっと回りをして戻ってきたそうです。
もうすぐシビックです。
今回のお散歩はここで終了。
今回は本郷館の大きさにびっくりしたり、レトロな和風旅館を発見したり、楽しいこといっぱいでした

本郷のフレンチのランチもおいしかったし、マミーズのアップルパイは最高でしたし、充実した1日でした

次回は4月です。
お花見をかねて播磨坂辺りをお散歩する予定で~す


















