アルコール依存症については知っている方は多々いるかと思いますが、

今回、私はアルコール依存症の特徴を私なりに書き綴りたいと思います。

(下記の特徴はアルコールを他の依存症に置き換えれば他の依存症にも重なる部分があるので、他の人にも参考にされたらと思います)

 

 

(アルコール)依存症と自身(1)

(アルコール)依存症と自身(2)

(アルコール)依存症と自身(9)

(アルコール)依存症と自身(10)

 

 

 

-------------------------------

 

(アルコール)依存症者はかなりの役者で、親切で、思慮深く、忍耐強く、寛大で、節度があり、献身的であったり、意地悪で、利己主義的で、わがままで、不正直かもしれない。

 

そのようなさまざまな特性を持ち合わせている。

 

人に親切であろうと努めていた時でさえ、実は自分勝手ではなかったのではないのか。

 

自分で何もかも仕切っていれば、申し分のない満足と幸福とがつかみ取れるのだという妄想に取りつかれてたのではないのか。

 

この役者(依存症者)はどう見ても、協調よりも混乱の演出家ではないのか。

 

この役者(依存症者)はエゴイストなのではないのか。

 

 

結局、(アルコール)依存症者の行動は頑固な自我による極端な暴走に過ぎない。

 

 

ならば、(アルコール)依存症者は何よりもまず、この頑固な自分本位の考えを捨て去らなければならない。

 

 

これは自分が考えて思考し、行動した結果、(アルコール)依存症になっている。

 

なのだから、自分なりに理解した神に意志をささげ、自分なりに理解した神に利用されるよう願う必要がある。

 

これは理解ある人と一緒に行うことが望ましいと今までの経験者より分かった。

 

だが、誤解を受けるような人と行うくらいならば一人で行ったほうがまだよい。

 

 

 

(アルコホーリクス・アノニマスより一部参照・改変)

-------------------------------------

 

 

アルコールに限らず依存症者は様々な側面があり、時には善人、時には悪人みたいに極端になる人もいれば、そのままで依存に陥る場合もあり、外見だけで分かるようなものではなかったりします。

 

色んなアディクションが世の中にはありますが、そのアディクションが飲酒だったためにアルコール依存症になっただけで、他のアディクションであれば、他の依存症とも捉えることも出来ます。

 

ただ、どの依存症でも回復において、自分で頑張っても治らない。

 

神に身を捧げても治らない。

 

だから、私は悪くない。となると結局、エゴイスト止まりであり、何ら変わることも無いので、そのエゴイストを捨てる練習が必要になります。

 

それが理解者との回復への歩みであり、寄り添いでもある。

 

ここでいう理解者は単に依存症の知識を持っている人を指すのではなく、依存症に苦しんだことがある人のことを指す場合が多い。

 

知識と体験では理解の仕方が違うし、言葉の重さも違う。

 

これは体験者のディスカッションでも思うことではあるが、体験者の声は自分と重なりやすい。

 

勿論、違うアディクションであれば全く響かないこともあるが、違くても凄く響くことも、考えさせられることもある。

 

これは知識だけの人には難しいことで、頭でっかちと一緒に回復しようと思ってもうまくいかないのはここにあるのだと思う。

 

勿論、何事にも例外はあり、体験者でも回復しようとする者の足を引っ張る者もいれば、素人でも回復に導く者もいる。

 

一番厄介なのが、理解している振りをして、協力をする振りをして、何もしない者。

 

約束を違えることがどんなに辛いことか理解できない者の協力は足を引っ張るだけでなく、症状を悪化させる。

 

そのようにされるくらいであれば一人で頑張った方がまだ回復する可能性があるというものだ。

 

 

 

にほんブログ村 病気ブログへ
にほんブログ村

 

 

次:(アルコール)依存症と自身(12)

 

 

おまかせ広告です。

押してくれると嬉しいです照れ

 

--------------------------------