この前、母から娘に宛てた手紙の中で、娘が今つらい思いをしているのを分かっていながら、そっと見守っていたという話を聞いて、少し昔のことを思い出したので書いてみようと思う。

かなり前の話になるが、9歳の頃、お腹が痛くなって病院に行った。風邪か何かだろうと思っていたら、なにやら医者の様子がおかしい。母も診察室に呼ばれ、詳しく話を聞くと、どうやら自分は生死に関わる病気で、大きな手術が必要らしい。

病院のロビーのイスに移り、最初は何がなんだか分からなかった。次第に「なんで自分なんや」「なんでこんなことになったんや」という思いが頭の中をグルグル回っていった。悲しくもないのに、涙がポロポロ頬を伝うのが分かったが、それを拭く気力もなかった。それを見た母が無言で涙を拭いていた。

翌日緊急入院することになり、小児科に入院することになった。今でも日付は覚えている。3月16日。病院のテレビでドラえもんがやっていたので金曜日だったのだろう。
その病院は重い病気の子が多いせいか、面会時間が厳しく決められていた。週に4日の2時から4時まで。入院の初日と、手術した日は、特別7時までは親だけはいるのが許されていた。

病室に着くと、1日の流れや決まりなどを説明された。あっという間に夜になり、7時を過ぎ、消灯の8時が近づいていった。明るく静かな病室に母と二人でいたが、母は今まで見たこともないような表情をしていた。口数は少ないが、曲がったことは嫌いで、どちらかと言えば気丈で強く思えた母が、ひどく動揺し、憔悴しきっている。

自分の中で「これからどうなるんだろう。手術ってどんなことをするんだろう」という怖さと大きな不安があったが、その母を見た時に、9歳の自分の心は、これ以上母を心配させてはいけないという気持ちでいっぱいになった。母の手を持って思わず出た言葉は「お母さん、僕もうここのことだいたいわかったから、大丈夫やで」だった。それを聞いた母は「わかった」と静かに言うと、自分の荷物を持って、そっと病室から出て行った。

それから数ヶ月後、退院した後に父から聞いたことだが、母は家に着いてから「なんで、なんで、自分の息子をあんなところに一人で置いて帰らなあかんのや」と言いながら、座ったまま朝までずっと泣いていたらしい。自分の息子を心配させてはいけないと、病室では必死に感情を抑えていたのだろう。父には「お前はお母さんに、自分は大丈夫やでって言ったらしいな。その言葉がなかったらお母さん、帰られへんかったと思う。怖かったやろうに、お前は偉いな」と言われた。

親が子を想い、子が親を想う気持ちは何歳になっても同じだ。母から手紙を貰った二十歳になったその人も、気持ちを理解して見守ってくれる優しいお母さんを大切にして欲しい。

ちなみに退院後、病気は完治して、その後空手、少林寺拳法、テコンドーなど色々やって、高校生の時に全国大会で準優勝できるくらい体力もついた。
今に至っては毎週のように応援したい人のライブに行って、全力で手を回したり、叫んだりしている。本当に良かった、完治して。さあ今週末も叫びに行こう(笑)